捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「私が今日ここへ来たのは、『彼にもう会わないでほしい』と伝えるためです」

 そんなの……もうとっくに本人から言われてる。
『会いたくない』と直接的な表現ではなかったけど、『距離を置きたい』っていうのは同義語だ。

「わかってます。会いに行きませんし、連絡もしません。仕事も辞めます。これで満足ですか?」

 本人から言われた挙句、彼の側近にまで念押しされるほど私も信用されていないんじゃない。

「すでに覚悟されてるとは知らず、失礼しました。退職後のフォローはいたしますのでなんなりと。その代わり、すべての連絡手段を絶っていただきたいんです」
「心配しなくても、さっき言った通り連絡取りませんし、援助も要りません」
「申し訳ないのですが、私たちの世界では口約束ほど信用していないものはないんですよ」

 こっちが胸がつぶれる思いで決めたのを、淡々と指摘されるのはさすがに面白くない。

 私は少々苛立ちをぶつけてしまった。

「なんですか? 誓約書が必要とか言ってるんですか」
「いえ。そこまでは。ただ連絡が取れる可能性があるとどうしても疑ってしまうので」

 佐野さんに言われ、ムッとしてバッグからスマホを取り出し、その場で着信拒否設定をしようとして、止めた。
 途中の画面のまま佐野さんへ手渡す。

「これは?」
「だって、ここで拒否設定にしたところでいつでも解除は可能なわけだし。削除したあと、向こうからかかってくる可能性は私にはどうにもできませんし? もうこれを預けるのがてっとり早いと思って」

 さすがに突拍子もない行動だったかな。
 まあ、拓馬さんが『会わないでほしい』と人づてに言ってくるくらいなら、連絡も来なさそうなものだけど。
< 89 / 144 >

この作品をシェア

pagetop