捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「こんなことして、私があなたのスマホを悪用でもしたらどうするんですか」
「えっ。悪用するんですか」

 自棄気味になっていたのもあり、疑いもしなかった。
 だって七井グループにいる人だし、変なことはしないだろうし。

 すると、堅い印象の佐野さんが突如笑い出したものだから、私は唖然とした。

「しませんよ。潔くて面白い方ですね。興味を引かれる理由がわかった気がします」
「あんまり褒められてる気がしないんですが」

 ぶっきらぼうに返すと、佐野さんは目尻に皺を作ってスマホをこちらに向けた。

「それにしても、ほかにも友人やご家族のデータが入ってるでしょう。どうなさるつもりだったんですか」
「SNSはログインできるだろうし、家族はメモしてるからなんとかなるかなって」
「それならばもういっそ、今から電話番号を変えてくれませんか。それと、アパートも引き払って……あなたならすんなり受け入れて下さりそうだ」

 私が自分のスマホを受け取ってぼそぼそと言っていると、佐野さんはさわやかに提案してくる。
 私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「はあ? なんでアパートまで」
「電話と同じ理由ですよ。あなたが会いに行かなくても、万が一彼のほうが気の迷いで……ってこともあるでしょう? そのたびあなたも疑われ、最後はこんな話になるって疲れませんか? 拓馬さんが七井グループの後継ぎなのはこの先も変わらない事実ですから」

 さすがの私も開いた口が塞がらない。
 ここまでするかと、これ見よがしに盛大にため息をついた。

「仕事辞めて引っ越しなんて、現実的じゃないですよ。庶民の生活甘くみてません?」
「ですからフォローは全面的にこちらのほうで」
「ああ、もう。わかりました。フォローは不要ですってば。私は彼との関係をお金で解決したなんて思われたくないんですよ。家と仕事は今月いっぱいくらいは猶予をください」

 一気にいろんなことが起きすぎだ。
 私はもう面倒になってきて、半ばやけくそになっていた。

 佐野さんは私の返答に満面の笑みを浮かべ、手で前方を示される。
 眉根を寄せて佐野さんの顔を窺うと、彼が言った。

「ではお送りしますよ。最寄りの携帯ショップまで」

 抜かりのない言動に私は降参し、渋々佐野さんの車に乗り込んだ。
< 90 / 144 >

この作品をシェア

pagetop