捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
ずっと、忘れられない人
 あの頃から約一年が経った今、季節は秋。暦は十月に変わった。
 三日前に私が二十七になった日、理玖は七か月になった。

 私はあの日、両親に告白した直後、アルバイトを辞めて実家に戻っていた。
 勤め始めたばかりで迷惑だとは重々承知していたけれど、妊娠による体調の変化からしばらく普通に働くのは無理だと判断して……。

 そして、現在。
 両親には今も協力してもらっている。

 実家に甘えると決めたぶん、私は少しでも稼ごうと奮闘していた。
 幸い、安定期の頃にお世話になった職場がとてもいいところで、産後も雇ってくれると言ってくれていた。

 そこが、今通っている介護老人福祉施設だ。復帰して二か月経ったところ。

 福祉施設の仕事に身体が慣れてきたら、夜間に時間が短めのバイトでも探そうかと思っていた。
 私が今、すべきことはがむしゃらに働いて、空いた時間はすべて理玖と穏やかに過ごすこと、と脇目も振らずにやってきたのに。

「なんで、今さら……」

 出勤途中の信号待ちで、ぽつりと漏らした。

 昨日、突然来訪した拓馬さんを思い出しては、胸がドクドクと騒ぐ。

 ――『真希と……俺の――だね?』

 ああ言われて、なんて答えたら最善なのかわからなかった。

 私の腕の中の理玖を見る彼をごまかせなかった。
 なにより、あの頃からひとつも変わらない拓馬さんの力強い瞳を前にしたら、嘘をつくのは憚られた。

 だから、私は必死にあの場を去る方法を考えて……冷たく言い放った。

『別れた日から今日まで、私たちはそれぞれ生きてきたんです。真実よりもその事実がすべてじゃないですか』……と。

 そうして彼の答えも聞かずに、逃げるようにさっさと走り去ってきた。

 どうしよう。昨日はあのまま追いかけてはこなかったとはいえ、今日は? 明日は?
 たぶん彼は私の居場所をもう掴んでいる。

 考え出すと不安はいくつも過る。一番の心配は理玖だ。

 再会した拓馬さんは昔と変わった感じはしなかった。だけど、実の息子がいると知ったらどう出てくるのか。

 私から理玖を取り上げたり……しないよね?

 プァッとクラクションを鳴らされて現実に引き戻される。私は慌てて発進させた。

 うん。大丈夫。理玖は実家にいるし、勝手に連れ去られるなんてありえない。
 むしろ〝きちんと理玖を見たら〟彼も動揺するかもしれないし……。

 私は理玖を思い出して複雑な気持ちでハンドルを切った。

 とにかく仕事をちゃんと終わらせて、急いで家に帰ろう。早く理玖を抱っこしたい。

 私はどうにか平常心を取り戻し、職場に向かった。

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