捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 翌日は五日ぶりに仕事が休みだった。

 特に予定もなく過ごす一日は穏やかでいて幸せだ。昼も過ぎ、理玖は遊び疲れたのか気持ちよさそうに寝息を立てている。

「真希~。買い物頼めるかしらー」
「いいよ。理玖寝たばっかりだし、ちょっと理玖の服とかも見て来ていい?」
「夕飯までに間に合えば平気よ。久々にゆっくり買い物してきたら?」
「ありがとう。行ってくる」

 私は車に乗ってエンジンをかけた。敷地を出てすぐ、拓馬さんと再会した畦道が視界に入る。途端に心音が速くなる。

 昨日まで毎日来ていたなら、今日も来る可能性が高い。いや……昨日であきらめたかもしれない。でも……。

 ぐるぐると同じ考えを巡らせているうち、ベビー用品専門店に到着した。
 ずいぶんと気温も下がってきたから、と羽織り物や秋冬用の肌着を見て回る。
 途中、新生児用品コーナーを通りかかり、懐かしい思いになった。

 その後も、何店舗か買い物して回り、実家に戻ったのは約二時間後の夕方五時前。

 夕飯の材料を待っているだろう母と、もう理玖も起きた頃だろうということに気を取られ、ひとときの間、彼の存在を忘れていた。
 それを、玄関に揃えられていた紳士物の革靴を見た瞬間、思い出す。

 玄関のドアも閉めず、その場で固まった。
『ただいま』の言葉も引っ込んで、ただ綺麗に磨かれた革靴を凝視する。

 それから、バクバクと騒ぐ心臓はそのままに、そっとドアを閉め、息を潜めて家に上がる。

 足音を立てぬようリビング前まで行くと、理玖の楽しそうな声が聞こえてきた。

「ボール? どうぞ。ほら、投げられるか?」

 直後、耳に届いたのは間違いなく拓馬さんの声だ。

 どうして……。

 動揺を隠せない私はリビングに入る心の準備ができなくて、そろりと廊下から中を覗き見た。

 そこには、息子と遊んでいる彼の姿があって、初めての光景に胸が締めつけられる。
< 97 / 144 >

この作品をシェア

pagetop