捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「入らないのか」
「おっ……お父さん……!」

 廊下の奥からやってきた父に驚いて、思わずリビングから隠れるように身を引っ込めた。

 父は私をジッと見据え、口を開く。

「お前、あの男とはちゃんと子どもの話もしたうえでけじめつけてきたのか?」
「彼に……なにか言われたの?」

 この数日間、門前払いしていた父が拓馬さんを家にあげるなんて。
 予想外の展開にまだ状況が理解できない。気持ちも追いつかない。

 父は渋い顔つきで首を横に振った。

「いいや。あの男はなにも言わない。毎回、お前と今後の話をする許可をくれってだけだ。俺ァ、正直初めはぶん殴りそうになったんを堪えたんだが……」

 そうして父は腕を組み、リビングの方向へちらっと視線を移して言った。

「二、三日して感じたんだ。あの男は一発食らわせたところで怯みもしなさそうだなってよ。あいつはまっすぐ俺の目を見てくる。普通、後ろめたくて下げた頭すら上げられないだろ」

 父から初めてこれまでの拓馬さんの様子を聞き、得も言われぬ感情がこみ上げる。

 私が勝手に〝終わらせたことだから〟と取り付く島もないほど彼を拒絶した。
 でも、父に指摘された通り、理玖の存在を伏せたまま実家に戻ってきてしまった。

 再会していなければそれでよかったのかもしれない。だけど、もう現実には彼に知られてしまった。
 ……なら、逃げないでもう一度、彼と向き合うのが理玖の母としての義務だ。

 私は顎を引き、覚悟を決めてリビングに足を踏み入れた。

「ただいま」

 私の声に拓馬さんは一瞬目を丸くさせて固まっていた。
 その後すぐ、小さく微笑んで「おかえり」と言った。
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