落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話

「ルウ! ルウ! どこへ行った! ルウ!!」

 叫ぶ村長を、木の上でやり過ごす。
 しゃり、とりんごをひとかじり。
 まったくうるさいったらない。
 確かに()()は親なしだ。
 村の人たちに育ててもらった。
 だけど、いくら村の金がないからって王都におれを売ろうなんざひどすぎるわ。

「……はぁ、おれが聖女なんてがらかっつーの」

 精霊と心通わす聖女様がお亡くなりになって早五年……この国は精霊離れが起きている。
 以前の聖女はなんと150歳の大往生。
 精霊の加護というやつで、人間三人分の寿命だったそうだ。
 まさに奇跡だよな。
 まあ、おかげで新しい聖女探しは困難を極めているらしい。
 貴族の女たちを集めて行われていた聖女探しは、一年、二年と失敗が続き、三年目からは王都付近の町などまで神官たちが見目の良い娘を候補として集め始めた。
 しかしそれでも聖女は決まらない。
 さらに範囲と見た目の評価がゆるめられ、今年はついに、こんな田舎まで声がかかるようになったというわけだ。
 なぜか年齢は二十歳前後の娘と定められており、さらにその中でも未婚に限られる。
 未婚……というか、処女。……なんか精霊が好むからだとか聞いたけど、どこまで本当かは分からん。
 貴族の娘が聖女候補になるのは究極の二択だったんだろうが……まあ、そんな娘は国全体を探したってとにかく稀だろう。
 平民だって二十歳で未婚なのは滅多にいないからな。
 おれのように男勝りが過ぎて、貰い手がねぇんなら話は別だが!

「ルウ! 見つけたぞ!」
「げ!」
「げっ、ではない! 降りてこい! この穀潰しが! 育ててやった恩を返せ! 王都の大神殿から迎えがきてるんだ! 観念してさっさと行かんかぁああっ!」
「っ……!」

 わらわらと村の奴らが集まってくる。
 その表情は、皆一様に困り顔だ。
 くそぅ、おれがそういう顔苦手なのわかってて……!

「あぁもおおぉ! わぁったよぉ!」

 ……おれの名はルウ。
 親はおれが赤子の時に病で死んだ。
 村の奴らがおれをここまで育てた。
 この村は女の方が多いが、二十歳で未婚はおれだけだ。
 他の女は他の村に嫁に行ったりしている。
 売れ残ったおれは、村のために王都の大神殿に行く事にした。
 聖女がいなければ精霊が働かず、実りが減る一方なのだ。
 精霊は人の目に見えないが、人が魔力を差し出して水を頼めば水の精霊が水を出してくれる。
 火をつけて欲しいと魔力を差し出して頼めば、火をつけてくれる。
 そんな存在。
 当然、それは信仰の対象。
 しかし、それも聖女が国にいて初めて与えられる恩恵だったのだ。
 150年という間、人々はその当たり前になっていた恩恵を恩恵だと思わなくなっていた。
 思い出させたのは、聖女の死。
 おれたちは聖女と精霊のありがたみを──もっとちゃんと思い出さなければならなかったのだろう。

 がたん、ごとん。

 生まれて初めて乗った馬車は荒れた道を進む。
 あの村にはおれしか二十歳の未婚女はいなかった。
 神官という男と女が目の前に座り、おれは窓の外を眺める。
 村長たちの、悲痛な顔を思い出す。
 精霊離れのおかげで、田舎の村は作物が育たなくなっていた。
 まるでおれなんかが一縷の望みと言わんばかりだ。
 だが、本当はみんな分かってる。
 おれなんかが聖女になれるわけねぇんだ。
「観光だと思って。土産はいらんからな」なんて言いやがって。
 言われるまでもねぇっつーの。
 そんな金ねぇんだからよぉ。

「ルウ様」
「様はいらねーよ、どーせすぐ落ちて帰ってくる事になるんだからよぉ」
「そうでしょうが、王都も近くなって参りましたので、聖女選定に関して流れの説明致します」
「…………」

 王都に近づいたある日、ようやく澄まし顔の女官が馬車の中で口を開いた。
 それまでは一切話しかけてこなかったのに。

「まず、聖女候補は身を清めたのち精霊界に通ずると言われる水晶に触れ、精霊騎士を召喚して頂きます。精霊騎士を召喚出来なかった場合、その時点で聖女の資格なし、となり、即お帰り頂けます」
「へー」

 耳から抜けるような説明。
 というより、この女官はまずおれが精霊騎士を召喚出来ると思ってねぇな。
 まあ、おれも出来ると思わねぇからこりゃあとんぼ帰り出来そうだ。

「万が一召喚出来ましたら、精霊騎士と共に聖女になるための試験を受けて頂きます。試験内容に関しては、精霊騎士を召喚出来た者のみ知る事になりますので……この場では差し控えます」
「へーい」

 おれには関係ねぇってこった。
 話半分。
 おれの態度に、隣の男神官は明らかにがっかりした様子。
 いかにも「なんでこんな奴が候補なのか」と言いたそうだ。
 おれが知るかっつーの。
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