落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話
そんな翌日もまた、あの広間に呼び出された。
お世話役の女官が少しずつビビらずに接してくれるようになったから、比較的穏やかに過ごせるようになったが早く村に戻りたい気持ちに変わりはない。
さて、今日はどんなクソつまらねー試験内容なんだろうなぁ、と腕を組んでいると腹を揺らしたいつもの神官が手を掲げた。
「今日は精霊騎士同士の性能を試す! 召喚した精霊騎士の性能が高い、五名を残してあとは落第とする!」
まただよ。
なんだよ『性能』って。
物じゃねーだろ精霊は。
あれ、おれがおかしいのかね?
教会って精霊を崇める場所だと思ってたけどそうじゃなかったんだなぁ。
「わたくしの光精霊が一番強いに決まっていますわ! そこの小汚い闇の精霊騎士を連れた庶民!」
「あ?」
「わたくしの精霊騎士の剣の錆になりなさい!」
「…………」
えーと、名前なんだっけこの人。
よくわからんけど他のこうほたちもくすくす笑ってて、止める気配は……なさそうなんだよなぁ。
神官も「ふん!」と鼻で笑ってるからおれが負けるの前提って感じ?
まあいいか。
これで村に帰れそうだ。
ここ、居心地悪いしとっとと帰ろう。
「ノワール、頼むわ」
「はい」
こいつもあんま興味なさげでさっさと帰りたさそうだったし、サクッと負けて帰ろうぜ、お互い。な!
という意味でニヤリと笑う。
向こうもニヤニヤ自信満々だから、お高くとまった方々のお高いプライドを傷つけないようにクールに去ろうぜ。
「始め!」
対峙した二人の騎士。
ノワールがおれの意図を汲み、自然な形で負けるだろう。
そうすりゃあようやくこの居心地悪い場所からおさらば出来るぜ。
「————……」
ダン! と大きな音がした。
ノワールが踏み込んだ音だ。
その踏み込みから、人の目で追えない速度で剣が引き抜かれ、漆黒のマントが靡きながら気づけば白の騎士の背後にノワールは剣を振り上げた状態で移動していた。
いやいや、いやいや。
白い騎士は剣を抜いてもいないんだけども?
どういう事だ? どうなったんだ?
なにが一体、どうした事だ!
「…………え?」
どうやらそう思ったのはおれだけではなかった。
聖女候補も神官も、みんな目を丸くしていた。
なにが起きたのか誰も分からない。当事者以外。
白い騎士は膝をつき、胸を押さえる。
押さえていた場所の鎧が急に砕けて地面に落ちると、光の粒になって消えていく。
最終的に唇を弧にした白い騎士は、その姿も光に溶けて消えてしまった。
「馬鹿な!」
「う、うそよ! こんなのありえない!」
ざわ、ざわ。
広場が混沌とし始める。
いや、おい、待て、これは……これはまさか、勝った? 勝ってしまった?
しかもあの白い騎士はほとんど無抵抗だったぞ?
ノワールが強すぎた?
それとも……あの白い騎士は最初から負けるつもりだった?
どちらか分からないが……。
「ばっっっっか!」
「?」
「ちょっと来い!」
マントを掴み、ずるずる頑張って引きずる。
いや、もうほとんど普通についてきたけども。
柱の後ろまでくると、とりあえず睨み上げた。
「おれは! 早く村に帰りたいんだ!」
「?」
「聖女とかがらじゃねぇんだよ! やりたくねぇの! 分かる!?」
「…………」
「なんで勝っちまうんだよ! 負けとけよここは! 痛いの嫌とかだったら仕方ねーけど! まさかあんなにあっさり勝つと思わんよ!」
「…………」
「聞いてる!?」
「はい。……主は私の敗北をお望みだったのですか?」
「お望みだったんだよ!」
「申し訳ございません」
……おれが「勝て」と指示たと思われてたのかぁぁぁっ!
んなわけあるかぁぁぁ!
でも言葉に出して言ってなかったからそう思われんのも無理ないかもー! ごめんー!
「あの白い騎士には悪い事したぬぁ!」
「…………いえ、あの騎士はどちらにしても私に負けるつもりでした」
「……!」
「あの騎士にとって、あの聖女候補は『主』ではなかったのです。だから本気で、戦おうとしていなかった。他の騎士たちも同じでしょう」
「…………」
……あの場の空気。あれは、おれが感じたままだったのか。
まあ、そうだよなぁ。
みんなあんな傲慢で上から目線で精霊を道具みたいに言うような金切り声しか上げないような女やだよなぁ。
なんつーか、聖女がなかなか決まらない理由もあれ見ると地味に納得っつーか。
まあ、だからっておれはやらねーよ? がらじゃねぇっての。