落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話
「フィーネ様、朝です。本日も試験が行われるそうです。起きてください……」
「んんー、おきる……。……ふぁ……」
眠い。
試験が終わったら部屋に戻ってきて文字の読み書きの練習。
意外と楽しいから、苦ではない。
しかし、一日置きにあると言われた休日は結局初日以降は与えられないままだ。
聖女選定が急務となっている以上、急ぐのは仕方ないんだろう。
あと、まあ、おれも早く村に帰りたいしな。
「あと何回試験ってあるんだ?」
「だいたい、五つか六つのはずです。候補を絞るのがあまりうまくいかない時は、さらに増えたりします」
「…………。ふーん、そうか……」
女官の微妙な表情に、察した。
大方あの神官たちの『ご都合次第』なのだろう。めんどうくせぇなあ。
ただ、現実というのはこちらの想像を軽やかに上回ってくる。
昨日ノワールに負けた精霊騎士を伴っていた女が、また現れたのだ。
それも、昨日とは違う精霊騎士を伴って——……。
「あれどーゆー事だ?」
「…………」
ノワールは答えない。
まあ、なぁ……おれの記憶違いでなければ、あの精霊騎士、他の聖女候補の横にいた騎士だ。
ああ、見当違いでもなんでもなく、あの女の精霊騎士ではない。
だってあの女の騎士がノワールに負けて光になっていったのを見ているし、あの女が今連れている騎士は——赤い。
おれに唯一笑顔を見せて、挨拶してくれた赤毛の子の騎士だ。
そして、あの赤毛の子はいない。
つまりそういう事だろう。
苛々する。
あの女、他の聖女候補から精霊騎士を奪い取ったのか? まさかだろう? そんな事出来んの?
「さあ、これで五人に減った。次の第五試験は聖女としての仕事の適性だ。聖女は精霊へ指示を出す役割がある。小精霊たちを集めろ! もっとも集めた三人が最後の試験に臨む事を許される!」
「小精霊?」
「今お前たちの横にいるのは、精霊騎士という精霊の中でも比較的上位の存在だ。これからお前たちが呼び寄せるのは小精霊という、常人の目には見えないほど小さな精霊。それをとにかくたくさん呼び寄せ、集めろという事だ。分かったか? ジェニファよ」
「分かりましたわ。わたくしが一番多く完璧に集めます、お父様!」
ふーん、よう分からんけど、つまりノワールは今回ノータッチって感じなのか。
それにしてもあの親子ダメだなー、すげー見ててイラつくわー。
「さあ、全員わたくしのために精霊を集めるのよ!」
「…………?」
え? なに? は? どゆこと?
おれがそんな風に混乱するのも多分無理ないと思うんだ。
だって、ジェニファという女が手を振ると昨日不合格になったと思われる聖女候補たち五名が現れ、一生懸命に祈り始める。
おれの頭の上には「?」がたくさん舞っていた事だろうよ。
マジ、なにが起きてんの、これ。
「さすがだジェニファ。お前の『人望』による力もまた審査対象だ、問題ないぞー」
などと、おれや他の候補たちに聞こえる声とニヤニヤした顔で告げる神官。
おれ以外の候補たちは真っ青だけどな。
「…………」
ノワールがおれを見下ろしている。
でも、仮面で表情が相変わらず分からん。
どういう気持ちなのお前、今。
いや、聞かんでもなんとなく分かるけどな。
他の精霊騎士たちの顔見りゃ分かるし。
ああ、なんてがっかりした顔なんだろう。
そりゃらがっかりするよなぁ。
一緒に世界をよくして行こうぜ、って相手を探してんのにさ……なんか知らんけど上から目線のやつばっかりだし、神官は自分の娘贔屓するし、自分の精霊騎士が負けたら他の精霊騎士奪い取ってるし、正々堂々ズルはするし……ここ数日でおれもお前らと同じ気持ちになってるわ、多分。
がっかりしている。
おれも、がっかりしてるよ……。
精霊のありがたさを説く教会が実はこんなところだと知って。
精霊と心通わす聖なる乙女候補が、おれ含めてこんなのしかいないって。
かわいそすぎんだろ、精霊。
「なんかムカついてきたな~」
「……む……? むかつく、とは?」
「腹が立つって事だよ。いやな? 勝手に教会や聖女ってのはいい人しかいねーもんだと幻想抱いてたのはこっちかもしんねぇけどさ。それでもさ、そういう幻想を抱かせてたのはここの奴らだろう? そういうのをよ、こうもぶっちぶっちと踏み潰されるとな……誠に勝手ながら腹が立つ!」
「…………」
ノワールには分からないのかもしれない。
精霊だから。
けど、精霊も怒っていいと思うんだよ、おれは。
いや、怒れよ。怒るべきだろお前らは特に。
お前らにこそ、怒る権利はあるだろうよ!
「…………なあ、おれにもあれ、出来るか?」
「?」
「小精霊呼ぶ、ってやつ」
「無論です」
「なんかさ。ムカつくんだよ。あいつら」
「…………」
「こんな気持ちで呼んだら来ねーかも知れねーけど……負けんのむかつく」
なあ、小精霊。
お前らはそいつらでいいのか?