落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話
「ルウ様!」
「ふが」
翌朝、リネの声で目が覚めた。
うー……、なんかぼんやりする。
頭をかきながら、上半身を起こす。
レースのカーテンから真っ白な光が差し込んでいた。朝だ。
「おはようございます! 最終日ですね!」
「…………。最終日……かぁ……」
なんだかあっという間だったな、と思う。
でも、結局おれは自分が聖女になりたいのか村に帰りたいのかはっきり決められていない。
精霊たちとリネ、そしてノワールに、聖女になる事を求められているのは分かるし、人に期待された事などなかったからなんとなく嬉しいと思う。
でも、人に期待されてこなかったからこそ、おれはその期待に応えられるか不安でならない。
そんななんともふわふわとした気持ちのまま、今日という日はやってきてしまった。
リネがやたらと張り切っておれを朝風呂で洗いまくるものだから、今日からおれの担当に回された新しい世話係も困惑している。
いや、一番困惑してんのおれだけどさぁ。
「……そういえばノワールは?」
「あれ? そういえばいませんね? いつもルウ様のお側に控えているのに……。精霊騎士が召喚主から離れるなんて、ルウ様がなにかお命じになったからではないんですか?」
「…………。…………。…………」
「思い当たる節があるんですね?」
あ、あります。
とはなんとなく言い出せん。
あれだろうな、昨日……「ほっといて欲しい」って言ったから。
でも、少し変だな?
あいつ、「部屋で待機しています」って言ったような気がするんだが……。
「まあ、ルウ様ほど精霊騎士と仲良しな聖女候補はこれまでいませんでしたから、逆に納得というか」
「仲良し、かなぁ?」
「仲良しですよ! 普通の聖女候補は精霊騎士と会話しませんからね! 雑談なんてもってのほかですから!」
「…………」
それは、なんとなく分かる。
これまでの試験を振り返ると、会話じゃなくて命令しかしていなかった。
なるほど、「今日天気いいなあ」みたいな雑談なんかしない奴らばかりだったのか。
いやだな、地味に知りたくなかった。
「だから側を離れるなんて、よほど信頼関係があるんだな、と思います」
「…………信頼関係、か……」
それは言い過ぎじゃないかな、と思う。
でも、あればいいのにな、とも思う。
あの男の側は安心するのだ。
「…………」
顔が熱くなる。
おれは、やはりノワールに……恋、してるのだろうか?
そんな事があんのか?
「さあ、今日は気合入れて飾りますよ! 貴族の令嬢どもが腰を抜かすほどに! おーっほっほっほっほっ!」
「リネ、お前ほんとマジキャラ変わりすぎてこわい」
「これがわたくしの本性ですわー!」
「お前朝から酒飲んでねぇよな?」
目、キマってんだけど!?
「といっても服装は指定の聖女候補正装がありますからね……お化粧と髪型で性格ブスどもを見返してやりましょう」
「う、うん」
当人のいないところで堂々と陰口を叩く奴を性格ブスとは呼ばんのだろうか?
おれは正面から堂々と言いすぎて「角が立つからやめろぉ!」って村長によく怒られたけどさ。
あとやっぱリネの顔がこえぇ。
これまでの積もり積もった色んなものが歯止めを失っているのか……?
もう軽くラリってねぇ?
少しガス抜きさせた方がいいか?
いや、でもこわい……ここでの生活について突っ込んで聞くのがめちゃくちゃこわい!
人間をここまで豹変させる生活って、どんなだよ!?
「? なんかいい匂い……」
「香油です。昨日の夜と今朝、お風呂で使ったものですよ。あれを使って髪を洗ったので今日のお髪はツヤツヤのサラサラですね」
「そ、そうなのか?」
「はい。でもそれだけではダメなので、ローズの香油でさらにツヤと香りを足しています。……ルウ様は放置しすぎていて、一日二日で改善されてはくれないみたいですね」
「えぇ……」
確かに手入れなんてした事ねぇけどさぁ……そんなに?
「それから言葉遣い。私のを参考に真似してみてください」
「え……」
「やれ」
「は、はい」
顔。顔怖すぎて。リネの、顔……。
「でも、真似ってどうしたら……」
「会話しながら真似てください」
「おう、わかっ……分かりました」
「そうそう、その調子です。覚えておくだけでも絶対違いますからね」
「う、うん……」
そうかなぁ?
いや、でもおれの話し方は確かに男たちと同じだからな。うん。
「さて、髪型は私の好きにしていいですか?」
「うん? うん。おれにはそういうの分かんねー……わ、分かりません」
「よろしいです。じゃあ私がルウ様に似合う髪型にしますね!」
と言って、リネはおれの髪を左右に分けて編み始める。
それを後ろの真ん中あたりで団子にした?
おれにはなにが起きてるのか全然分からねぇ。