落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話

「次はお化粧をします。ちゃんとお風呂に入って整えているので肌の調子も抜群ですね!」
「そ、そうなのか」
「あ……?」
「ひっ……そ、そうなんですね……!」
「そうそう。その調子ですよ」

 こわい。こわい。めっちゃこわい。
 すげぇこわかったよぉ……!!
 目がギョロってしてた!

「でもまずは化粧水と乳液で肌を整えます」
「う、うん?」
「本当にまったく全然これっぽっちも手入れをしてこなかったルウ様のお肌は荒れ放題なんです。お風呂で調子を整えただけではどうにもなりません」
「なんかすみません」
「なので化粧水と乳液でより平らに整えるんです。しっかりぶち込んでやるのでおとなしくしていてくださいませね」
「あ、はい」

 化粧かぁ……本当にまったく分かんねぇ。
 なのでリネに任せよう。
 多分こんな機会二度とないだろうし。

「でもやっぱり若いから吸収率はいいですね。ほら、もっちもっち」
「っ」

 なにやらずっとペタペタしてると思ったら……。
 リネがつけた液体がおれの肌に入り込んだ?
 そんで、こんなリネの肌に吸いつくようにもっちもっちに?
 え? 化粧水と乳液とかいったか? すげえ。

「こうして肌を整えたら次はファンデーションを塗りますね。肌の色に近いものを選んでありますが、問題ありませんか?」
「え? あ、うん。おれはよく分からないから……」
「おぉん?」
「……わ、ワタシ……?」
「正解です」

 ニコー! ……と、笑顔になったリネ。
 良かった。正解してた。
 背中から冷や汗ブワッと出たわ。

「本当はファンデーションも化粧下地、コンシーラー、白粉、と順番があるんですけど……」

 え? これまだ序の口なのか?
 うそだろ?

「ルウ様は不慣れでしょうし、あまり時間をかけてもいられませんので使う化粧品は最低限にしますね」
「う、うん」

 と言われ、昨日と同じくらいかな、などと思ったおれは愚かだ。
 おれの肌に近い色のファンデーション、なるものを塗りたくり、白粉で色落ちを防ぐ。
 そこの上にまたなにか色のついた粉をポンポンされた。
 これは?

「これは頬紅です。ほら、鏡を見て確認してください」
「お、おえ……」
「おえ?」
「あ、いや……。なんか頬が赤くなってる……」
「殿方はこういう血色の良い肌色がお好きなのだそうですよ。魅力的に映るそうです」
「ふ、ふーん」

 殿方、と言われて少し、固まる。
 ノワールの顔が浮かんだ。
 ……そういうもんなのか。いや、ノワールは精霊だから、人間の基準や常識は通じないかもしれないけど。

「つーか、あの場にいるのはあの神官のおっさんたちだけだしなぁ」
「それはそうなんですけど今はその現実を見ない方向でお願いします」
「はい」

 現実から目を背け、リネが次に行ったのは口紅だ。
 口紅くらいならおれも知っている。
 でも、おれの村は貧しかったから、女がそれをつけているところを見るのは結婚式と葬式の時だけだな。
 なんだか変な気合が入る。
 人生の節目、晴れ舞台でつけるのが口紅だ。
 それを今、おれはつけられている。
 あまり赤くない。
 どちらかというとオレンジのようなピンクのような、不思議な色。
 でも、いつもより血色がよく見える。

「あとは眉毛を整えて……目の縁にラインを入れて……くっきりさせるんです」
「う、うん……」

 リネが筆で眉を描き、目の縁に黒い線を入れる。
 目蓋にも軽く粉を塗られて、リネが体を離した。
 目を開ける。

「————……」

 昨日とは比べ物にならないほど、そこには『女』になったおれが映っていた。
 過程を軽く見てたけど、それでも想像以上に……見た目だけなら……おれの想像している『聖女』に近い。
 こんな事があるのかと思う。
 おれが、女に……なった?

「うんうん、さすが私! やれば出来ますよね、やれば出来るんですよ私も……ほぉら、私やれば出来る子……! ね! ねっ!」
「お、おう……い、いや、うん、そ、そうだな、じゃなくてそうですね! お、ワ、ワタシもびっくりです! 自分じゃないみたいに、綺麗ですよ!」
「でしょう! そうでしょう!? 私やり遂げた方ですよね!ねぇ!」
「うん! うん!」

 なのになんかこう、リネの相手をしていたら感動がどっかに吹っ飛んだ。
 リネ、マジに闇が深い。
 こわいわ、本当。
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