落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話

「あ、あの……」
『改めて言うわ。わたくしたちはこのルウを所望します。お前たちでは()()()()()()
「……!」
「っ!?」

 他の聖女候補たちも口を手で覆ったり目を見開いたり、それぞれ驚く。
 神官たちは聞こえていないから困惑した顔。
 中でも一番偉いらしいジェニファの父親は「なんと言っているのだ」と娘に聞いている。
 だが、娘が今の言葉を父親に素直に伝えるかと言われれば絶対そんな事しないだろう。
 そういうタイプではない。
 実際顔を真っ赤にして歯軋りしてる。

『これはわたくしたち……精霊王家の所望です。聞き入れるかどうかはあなた方に一任しますが、彼女以外を頑なに聖女として推すのであれば、それまでの間、わたくしたち精霊は人間界から引き上げましょう』
「なんですって!?」

 え? ま、待て待て、そんな事したら余計に飢饉が広がるんじゃ……!

「そんなの脅しじゃありませんか! 卑怯ですわ!」
『わたくしの息子に怪我を負わせておいて、あなたにはなんの責任もないの?』
「!?」
『金輪際、あなたの一族にわたくしたち精霊からの恩恵は与えません。あなたの血を継いだ子どもたちにも、わたくしの息子が血を流した報いを引き継がせる。とても残念だけど、それがわたくしたちの意思を無視し続けた報いと思ってちょうだいね』
「な、なっ……なにを言っているの! 何を言っているの!? わたくしはこの国の、精霊を奉る精霊教会の大司教を祖父に持つ、大貴族ヴィエ公爵家の……」
『そう。立派ね。なら、この先もその地位を守るためにたくさん足掻いてね。さようなら』
「えっ……」

 なにが起きたのだろう。
 ぷつん、という、糸が切れるような音がした。

「え? な、なに? なに? さっきまであんなに精霊の姿が見えていたのに……消えた? か、帰ったの?」
「ジェニファ、なにが起きたのだ? どうした? 大丈夫か? 精霊ならまだいる。なにを言われた? お父さんに教えなさい」
「お、お父様……あの、分からないの、急に精霊が見えなくなって……。まだ、いるの?」
「いるとも。こんなに光があふれているではないか」

 ……父親の方は声は聞こえないけど精霊は見えるのか。
 確かにほかの聖女候補だった奴らもジェニファの言葉に困惑している。
 いや、そうでもない奴もいるな。
 聞こえていたからこそ、薄ら笑いしてる奴がいる。

「どうして精霊が見えないの? 声も……聴こえない……!」
「ジェニファ、そんなまさか……嘘だろう? なにかの間違い……勘違いでは……」
「試験でズルなさるからですわ」
「なんですって!」

 そうして薄ら笑いしていた女が仕掛けた。
 すぐに食いつくジェニファ。
 父親の神官も顔を赤くして女を見るけど、他の候補たちもそれを皮切りに口々に不満を突きつけ始めた。
 驚いた事に、その内容はおれも知らない……おれ以外にもあの親子が行ったえげつない不正の数々。
 主に最初の試験以降、精霊騎士を奪った事を筆頭に食事に下剤を混ぜて家に帰らせたり、借金を返すと買収したりと様々。
 一番驚いたのは、ジェニファが最初に連れていた白い騎士が、召喚した聖女候補から真っ先に奪われた最初の騎士だったという事。
 精霊騎士の略奪はあの召喚した時に触れた珠を触媒にすれば可能らしく、ノワールがジェニファに奪われたのもそれによるものだった。
 つまりあの女は最初から他人の精霊騎士を奪って勝負に挑み、自分に出来ない事は他人にやらせ、ノワールに自傷までさせて否定されたのだ。
 挙句の果てに未だ『報い』を不満に思い、不正を指摘されれば逆ギレ。

「…………」

 哀れだな。
 以前なら腹を立てて怒鳴っていだ気がする。
 でも、今はとても哀れに見えた。
 あの女には、貴族であり教会の有力者の娘としての矜恃しかない。
 だから平然と他人を利用して不正を行える。
 ズルしてもいいと思っている。
 それで誇りが保たれるのだからおめでたい。
 まあな。誇りや矜恃なんて、生きていく上で必要ないもんだ。
 そんなの分かってる。
 田舎者で、貧乏な平民のおれが一番その事を実体験として理解しているよ。
 でもさ、お前は貴族だろう?
 なんで手放してんだよ、貴族が持ってなきゃいけないもんだろう、それだけは。
 それすら失って、あんな風に騒ぎ立てる。
 こういうのを『滑稽』というのだろう。
 滑稽で、哀れ。

「なあ、精霊……えーと名前はなんていうんだ? なんて呼べばいい?」
『ティーアよ。ルウ』
「ティーア、ノワールの具合はどうなんだ? その、死なない? よな……?」

 もうあいつらに構うのは時間の無駄だ。放っておこう。
 偉い奴らの考える事は分からんし、勝手にしてくれ。
 おれにとってはそんな事よりもノワールの無事の方が重要だ。
 一番大きな白い珠……ティーアはおれの質問に少し沈黙した。やめて欲しい。不安が増す。

『人間も怪我をすると、治るのに時間がかかるわよね?』
「え? あ、うん、そうだな」
『同じように精霊も治るのには時間がかかるの。特に今回、ノワールは自分の剣で自分を刺した。本来は斬っても怪我をさせない魔法をかけてある。でも、剣の持ち主はその対象ではない。ノワールはそれを知った上で、自らに剣を突き刺した。それは精霊界で、魔法にかかっていない剣で負った怪我となんら変わらない』
「…………」

 やっぱり……。
 だって、ジェニファの白い精霊を斬った時とあからさまに違っていた。
 血が出て、ノワールの口からも血が垂れてて……。

「し、死ぬのか?」

 いやだ。それだけはやめてくれ。
 そうなったらおれ、申し訳なくて、申し訳なくて……。
 おれがノワールを召喚しなければ、あいつそこまでしなかったかもしれないのに。

『まだ分からない』
「!」
『怪我は治療中。今は信じて待っていて、としか言えません』
「…………」

 そう、だよな。
 人間だって大怪我したら医者に任せて待つしか出来ない。
 信じて、待つしか……。

『でも』
「?」
『精霊は、人の祈りで力を増すから……あなたが祈ってくれたら……助かる確率は上がるかもしれないわね』
「!」
『あなたがわたくしたちと共に、世界を明るくする事を約束してくれるなら』
「……え、それって……」
『聖女になってくれるなら——』

 手を、差し出されているような気がした。
 目の前には人の頭くらいの光の球しかないというのに。
 けれど、その提案は……おれにはとても必要な事だった。
 それでノワールが治るなら……元気になるなら……。

「っ」

 また、会えるなら……。

「なる」

 いや、違う。
 首を振って一歩前へ出る。
 手を伸ばした。

「聖女になりたい。ノワールにまた会いたい!」

 だからどうか助かってくれ。
 おれが祈るだけでいいんなら、いくらでも祈る。たくさん祈る。
 また会いたいんだ。
 この気持ちがなんなのか、はっきりと知りたいんだ。
 知らないと、進めない。
 立ち止まってしまう気がする。
 それは、一番よくない。

『新たな聖女に祝福を』
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