落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話

「こちらへ、こちらへ! 聖女候補様!」

 先程までおれをかなり帰したがっていた女神官が、大慌てで駆け寄ってくる。
 その女神官の前に、ノワールが立ちはだかった。

「ひっ」
「…………」

 漆黒の仮面から覗く冷たい黒い瞳が女神官を見下ろす。
 それは、それだけでとてつもない圧だ。
 こいつ、身長かなり高いし……おれの二人分くらいあるんじゃねえの。いや、言い過ぎだけど。
 少なくとも村で一番でかい男の頭一つ分でかいぞ。
 女神官はすっかり震え上がっている。

「あ、あの、ち、違います。聖女候補様を、お、お部屋にご案内しようと……」
「部屋……、……確かに、主は早急に着替えられた方がよろしいかと思います」
「え? あ、ああ、まあ、そうだな……寒いし……」
「かしこまりました。部屋へ案内を」
「は、はいぃ!」

 震えた声の女神官に案内されて、柱の奥にあった階段へ案内された。
 さっきまで男神官たちが塞いでいたところだ。
 階段があって、別な棟へと続くみたいだが……女神官の怯えよう……偉そうな黒騎士……聖女候補、おれ──……いやいや、なにこれ、どうなってんだ?
 おれ、聖女候補になった? マジで?
 しかし目の前には精霊騎士という漆黒の騎士……。

「あのー、おれ帰りたいんだけど、もしかして無理?」
「はい! 精霊騎士様を召喚されました候補様には、試験を受けて頂きますので!」
「そ、それって断れねーの?」
「無理でございます! 候補様となりましたら、聖女選定の試験を受けて頂かなければなりません! これは国民の義務……王命にございますので……!」

 女神官はちら、ちらと黒騎士を見ながらも早口で説明をする。
 そりゃあおれだってちょっとそう思ってたけどさぁ……。

「もし試験を拒まれれば……その、王命に背いた事になります……」
「……死罪……?」
「はい……」
「…………」

 ちらりと黒騎士を見上げる。
 こいつが守ってくれたりは……?

「主、私は大神殿より外へはお供出来ません。聖女になる事を望まれないのであれば、俺は誓約に基づき、精霊界へ帰る事となります」
「そ、そっか……」

 ダメっぽいな。
 いや……しかしなぁ。

「あのさ、おれ、全然そんな説明受けてねーんだけど?」
「どういう事ですか?」
「いや、聖女候補の試験? は、受けるように言われたんだが、マジにその辺の説明全然されてねーから今どうなってんのかとか、これからどうするのかとか、一つも聞いてねぇというか……」
「…………」

 黒騎士が女神官を見下ろす。
 その冷たい眼差しよ!
 こえーよ! 仮面があってもこえーよ! 震え上がってんじゃねーか!

「あっ、あの……そ、その辺りも、お部屋でご説明します! まずは、お部屋へご案内します! お、おおぉお着替えもなさった方がよろしいでしし!」
「…………」

 無言の圧力がすげー。
 なので、震えた女神官のあとに続く。
 長い見晴らしのいい廊下を進み、中程まで来た場所にある二階へ続く階段を登った。
 すると左右に部屋がたくさんある廊下に出る。
 広……長……!

「こちらです。候補様は二十人目となりますので、一番奥の、こちらの二十番目のお部屋となります」
「番号が決まってるのか?」
「はい。聖女候補が最も多く、最も自由に動ける最大人数が二十人だと……伝わっているそうです……」
「へー」

 なんでも候補が二十人集まらなければ試験が始められないんだとか。
 つまり、ここの棟の部屋にいる候補たちは二十人の候補が揃うのを、待たされていた候補たち。

「く、詳しい試験内容については、試験直前に説明があると思います。どどどうぞ、本日はごゆるりとお休みください……! それでは!」
「……え、あの飯は……」

 俺が部屋に立ち入るなり、女神官は慌てて出ていく。
 なんなんだ、一体?
 見上げると黒い瞳とかち合う。
 どう考えても、おれが怖がられている感じではなかった、よな?

「主、先に御身を温めてはいかがでしょうか」
「え、あ、ああ、そうだな……?」

 ノワールが手を広げて促したのは風呂。
 そーだったそーだった、冷水に浸かったんだった。
 あれ? そういえば……この借りた布は……?

「これお前んだよな?」
「はい。しかし、御身が温まるまではお使いください」
「そうか? んじゃー借りるわ」
「……」

 無言で頭を下げられる。
 ……精霊騎士、ねぇ?
 ぱっと見普通の男と同じような感じだけど……。
 風呂から上がったら、あいつに色々聞いてみるか。
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