落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話
「ふいー、いい湯だったぜー!」
「……」
また頭を下げられる。
部屋に備えついていた風呂はなんと精霊石で湯が出るやつ。
すげーな、精霊石とか伝説だぜ伝説!
田舎育ちにゃ憧れだ。
精霊石は精霊からもたらされる恩恵。
精霊が聖女のために貢物として、毎年一定の量が贈られるとかなんとか。
そーゆーのは全部王族とか偉い貴族や金のある商人が独占してる。
魔力を必要とせず、魔力なしでも精霊の恩恵を受けられるすげーモン!
まさか実体験する事になるとはなぁー!
「っと……それより、マントありがとな」
「いえ」
「ところでおれってマジに聖女候補になったのか?」
「はい」
「……基準が分からねーよなぁ。おれ、こんなナリだし、中身も言葉もガサツだし」
そのくれぇの自覚はあるぜ。
木にも登るし、薪割りはやるし、狩りにもついて行くし、なんなら裁縫料理掃除は苦手でやろうともしねぇ。
おかげで村の奴らからは男扱い。
別に不満はねーけどあ、どう考えても『聖女様』の対極だろ、おれ。
「聖女の資質はその魔力。身分、容姿、性格は関係ありません」
「こそ泥みてぇな娼婦でも、魔力が合えばなれるって事か?」
「極端に言えばそうですが、あまりにも精霊から見て非人道的であれば無理でしょう。精霊は血の匂いを嫌います」
「なるほど……?」
「主はそのような行いを嫌う方なのでは?」
「まあな!」
そういうのは大嫌いだ!
もちろん、そんな事に走っちまうには理由があるとは思う。
世の中は貧しい人間と裕福な人間の二種類に綺麗に分かれてる。
それがいけ好かねぇとは思うが、村長は裕福な部類のくせにおれみてぇな親なしを集めて金を惜しまず、ここまで育ててくれた。
金持ちがいけ好かねぇ奴らばかりじゃねぇのは知っている。
貧しい奴も貧しいなりに理由はあるし、だから悪さしてる奴ばかりでもない。
そう思ってるから胸を張って言い切ると、無費用な仮面の騎士はおれの前に膝をつく。
「だからこそ、私は貴女の前に現れる事が出来たのです」
「…………がらじゃねーんだけどな」
返事はない。無視かよ。
……しかし、分からん事だらけでどこから突っ込めばいいのやら。
とりあえずこいつは精霊騎士というもんで、おれは聖女候補。
試験は受けねーと死刑。
おれは聖女様なんざがらじゃあねぇから、とっとと村へ帰りたい。
どうしたら帰れる?
「!」
落ちりゃいいんじゃね?
二十人も候補がいるんだ、おれじゃなくてもなれる奴いるだろう。
それに、聖女の試練とかいうのは聖女が見つかるまで続くんだろうし!
普通にしてりゃあすぐ帰れるって事だな!
なーんだ!
「そんじゃ、帰れるまではのんびり美味い飯とふかふかのベッドを堪能さしてもらうとすっか! どーせ落ちるまで生活費はタダだろうし!」
「ご用件があればお呼びください」
「え? あー、うん! じゃ、おやすみー!」
「おやすみなさいませ」
すっ、と姿を消すノワールに一瞬びびる。
けどあいつは人間じゃない。精霊なのだ。
すげーな、精霊って消えたりもするのか……。
「…………」
どさ、とベッドへ大の字で横たわる。
いやー、本当……変な事になっちまったなぁ。