落第したい聖女候補が、恋を知るまでのお話
翌日は休みの日。
ボケーっと目を覚ますと、ノワールが闇を纏いながら現れる。
「主、先程女官が隣室へ食事を置いていきました」
「ふあ……マジか。んじゃあ、食うわ」
「身支度をお手伝いします」
「そんくれぇ自分で出来るってー」
「御意」
この神殿が貸し出してくれる服は服というより布なのだ。
長い一枚の反物を、頭からかぶって帯で締める。
袖の長い上着を着る。以上。
他の候補みてぇに髪を整えたりはしないので、おれはこれで終わりだ。
隣の部屋に用意されていた飯をもっもっ、と食い終わってからさて、暇になったぞ。
「主? どうされたのですか?」
「あ、いやー、やる事ねーなーと思って。部屋の外とか出ていいのか?」
「出入りは自由。神殿の外へ出ると処刑とお聞きしました」
「…………。じゃあちょっと探検してくるー」
「ご一緒します」
「え? なんで?」
「それが精霊騎士なので」
「ふーん?」
そういうもんなのか。
じゃあ、仕方ねーかと扉を潜ろうとした時だ。
「ぎゃっ」
「あ」
部屋に入ろうとしていた女官と鉢合わせてちまった。
しかも女官はおれに驚いて尻餅をつく。
ちょっと大げさすぎねぇか?
そう思うけど、扉が開くと思ってなかったのに開いたらそりゃあ驚くだろう。
「大丈夫か? 悪ぃ」
「ひい!」
手を差し出すとまーた引きつったような悲鳴を出される。
一体、本当になんだってんだろうなぁ?
おれは特になんにもしてねーと思うんだが……そろそろ気分が悪い。
「なあ、あんたらおれらの事見ていちいちビビるんだけど、いったいなんなんだ? なににビビってんだ? 平民だからって理由じゃなさそうだよな」
平民なら、いかにも「平民風情が」って目で見下ろしてくる。
でも、こいつが現れてからはそうじゃねえんだよな。
完全にビビってる。……恐れている。
倒れ込んだままの女官はふるふる震えながら涙まで浮かべて「お許しください」と繰り返す。
ほら、やっぱりだ。
なんか知らねーがすげービビってる。
「聞いてるだけだぞ」
「く、黒い精霊は闇の精霊……」
「? そうだな?」
なんかそんなような事言ってたな。
「闇の精霊は人に災いをもたらすと……」
「え? そうなのか?」
そんな話は初めて聞いた。
ガチガチ奥歯を鳴らしながら、完全に怯えてノワールを見ようともしない女官が告げた意外な理由。
思わずノワール本人を見上げて聞いてしまうと、ノワールは首を傾げていた。
「我々闇属性の精霊に、人を災いに堕とす力はありません」
「まあ、精霊って『すべてが善の存在』なんだもんな?」
「いかにも」
「……なのに、なんでノワールは災いをもたらすなんて言われてん……」
だ、と続けるつもりだったのに、女官はぽかんとこちらを見上げている。
あまりの間抜けヅラにおったまげたほどだ。
「なんだよ、まさか知らなかったのか? お前らが布教している教えだろう?」
「そ、それは、そうですが……精霊の口から聞かされると思わず……」
「なんだそりゃ」
なんかむかつくなー。
黒いってだけでノワールや闇の精霊『悪役』扱いされてるって事か?
「……し、失礼しました。ど、どちらかへお出かけなのですか?」
「んー、散歩?」
「いけませんっ!」
「へ」
すげー勢いで女官に止められた……。
なんで、と思って見ると、青い顔をしてガタガタ震えている。
これは、ちょっと……よほどの事ではないな?
「なんだよ、なんかあるの?」
「……きょ、今日は候補のなかでも、その……貴族のお嬢様方がお庭でお茶会を催されるんです。私も身分が低いので、分かるのですが……そんなところに遭遇すれば……余計なトラブルに巻き込まれると……」
うん、そりゃー間違いねぇわ。
思わず真顔で納得してしまった。
「とはいえ暇なんだよな」
「……でしたら、なにか書物をお持ちします」
「いや、おれ文字読めねーから」
「え?」
「…………」
なにやらノワールにも驚いた顔をされたが、田舎の平民が文字を覚える機会はない。
教えられる奴もいないしな。
なので書物は勘弁。そう断ると目玉を見開かれた。な、なに、こわい。
「そ、そんな事ではいけません! すぐに絵本を持ってきます! 仮にも聖女候補……多少の教養は身につけて頂かねば困ります!」
「す、すみません……」
「この世には、平民や下級貴族が文字を読めないからって変な契約書を書かせて無給で働かせるような悪徳貴族もいるんですよ! 死にますよそれじゃ!?」
「そ、そうなの? ご、ごめん」
勢い怖すぎて思わず謝っちゃった。
そして説得力強すぎん?
「僭越ながら、私がお教えしましょうか?」
「え! お前精霊なのに人間の文字分かるの!?」
「言語は精霊界と人間界共通なので……」
「そ、そうなんだ!」
このあとめちゃくちゃ勉強教わった。