ゆめゆあ~大嫌いな私の世界戦争~
大嫌い
 20

――数週間後。
 八月。
 うだるような暑さに気が滅入る。
「今日は今年一番の猛暑日になります。外出は極力控えて下さい。降水確率は〇パーセントです」
 朝のニュースでアナウンサーが言っている。
 雨。
 雨がいい。
 熱せられたアスファルトを冷やしてほしい。
「あー、今日も暑そうだなぁ」 
 私は外に出た。
 
 あの日、戦争は終わった。
 私の世界戦争は私の敗北で終わった。
――七月十三日。
「おい! 何してるんだ!」
 体育館の外。
 降りだした雨音を遮って、大きな声がした。
――ピーポー、ピーポー。
 パトカーの音。
 それも何台も。
「きっと誰かが通報したんだ……」
 先生たちか。
 警備の警察官か。
 生徒か。
 それとも体育館の崩落を見た近隣住民か。
 通報するタイミングはたくさんあった。
 校内放送をしてからみんなが集まるまで、数十分かかったし、スマホを奪ったり電話線を切ったりといった通報対策も特にしていなかった。
 どうせ死ぬんだから通報されてもかまわなかったから。
「どうしよう……、百合ちゃん」
 私は犯罪者。
 学校テロ事件の犯人。
 体育倉庫を燃やし、校舎を破壊した。三年生を二〇人以上リンチした。そして今日、大楠先生や堀兼先生、それに警察官にも手をかけた。体育館もめちゃくちゃに破壊した。
「私……」
 見るも無惨な惨状。
 気絶した芥川結愛や大楠先生たち。
 警察の助けに歓喜するみんな。
「大丈夫です。私に任せて下さい」
 気品溢れる笑顔。
 情けなくなる。
「私の力を使えば何もなかったことに出来ますから」
 百合ちゃんの力は人を洗脳する力。
 思いのままに人を操れる。
 その力は万能。
 どんなことでも出来る。
 関係者全員の記憶を操作すれば、今日起こった事件をなかったことにだって出来る。
 私は酷いことをした。
 紛れもない犯罪者。
 動機は復讐。
 虐めへの報復だ。
 みんなはずっと私を虐めてきた。
 無視して。
 ばい菌扱いして。
 上履きを盗んで。
 不老川に突き落として。
 体育倉庫に閉じこめて。
 赤いペンキをかけて。
 笑いものにしてきた。
 そんな虐め。
 虐め?
 みんながやってきたことは、本当に虐め?
 違う。
 犯罪。
 れっきとした犯罪行為だ
 意図的に体育倉庫に閉じこめたのは監禁罪。
 上履きを盗んだのは窃盗罪。
 不老川に突き落としたのは傷害罪。
 みんながしてきた全てが犯罪。
 それに対して警察は動いてくれた?
 捕まえてくれた?
 罪に問われた?
 大人は助けてくれた?
 私は無力だった。
 でも力を得て復讐をした。
 因果応報。
 酷いことをしたら、酷いことをされ返される。
 傷つけたら、傷つけ返される。
 それは本当にいけないこと?
 私がしたことは悪いこと?
 大人は教えてくれない。
 世界は私のことを悪だというのかも知れない。
 だとしたら私はそんな世界のことが大嫌いだ。
「けれどひとまず、ここは逃げましょう」
 百合ちゃんと手をつなぐ。
 私はこの世界が嫌い。
 みんなのことが嫌い。
 私は私のことが大嫌いだ。
「うん……、ごめん。百合ちゃん」
「何で、謝るんですか」
 でも百合ちゃんのことは大好きだ。
 だから今は考えない。
 答えはいつか出る。
 大人になるその前には。
「さあ、行きましょう。ゆゆちゃんの力で逃げるんです」
「うん……」
 空高く舞いあがり、私たちは逃げだした。

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