契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 晴香には孝也の言う言葉の意味がはっきりとはわからない。でも自分にできることならばと急いで頷いて、恐る恐る問いかけた。

「ど、どうすればいいの?」

 孝也がにっこりと微笑んで、両腕を晴香に向かってゆっくりと広げた。

「おいで、晴香」

 まるで小さな子を呼ぶかのようなその仕草に晴香の胸がドキンと跳ねる。そして以前とはふたりの立場が逆転していることに気が付いた。
 孝也は小さい頃、よく晴香について回っていた。『晴香ちゃん遊ぼうよ』と言ってちょこちょこついてくる姿は可愛いかったけれど、他の友達と遊びたくて邪険にすることもあった。でも悲しそうな瞳に申し訳ない気持ちになって、『やっぱり遊んであげる。こっちへおいで』と言うと、嬉しそうに駆けてきた。その立ち位置はいつまでも変わらないと思っていたのに、きっともうずっと前から違っていたのだろう。『僕、晴香ちゃん、大好きなんだ』と無邪気に笑ったあの小さな男の子はここにはいない。
 晴香はゆっくりと立ち上がる。
 そして吸い寄せられるように、孝也の腕に身を任せた。

「晴香…」

 孝也が小さく呟いて、膝の上の晴香を強い力で抱きしめる。生まれつき少し茶色い孝也の髪が晴香の頬をくすぐった。

「晴香、いい匂い」

 少しくぐもった低い声、甘い響きに、晴香の身体は否が応にも熱くなる。彼から香る強いアルコールの香りに、自分の方が酔ってしまいそうだと思いながら。いっそのこと、これは真実の愛なのだと錯覚をしてしまいたい。
 この結婚は、アルコールみたいなものなのだ。彼にはちっとも効かないのに、晴香だけが酔わされて、乱される。しかもその酔いはいつまでたっても覚めないのだ。
 胸の不安をかき消すように晴香も孝也を抱きしめて、茶色い髪に顔を埋めた。こんな風に胸の中に彼の心まで抱き込んでしまえたらどんなにいいかと思いながら。
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