契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「でもまぁ、孝也なら安心だ」

 そして本当に安心したように、やや大袈裟にため息をついた。

「姉ちゃん、実家の建て替えには賛成してくれたけど、やっぱり追い出すみたいな気がして申し訳なかったしな。美紀は姉ちゃんがいてもいいって言ってくれたけど…そういうわけにもいかないし」

 いつもは憎まれ口を叩いていても、本当は姉思いの弟なのだ。
 晴香も弟の面倒を細々とよくみていて、健太郎はそんな晴香に甘えていた。
 歳はひとつしか違わないのだからそれほど身体の大きさも変わらないのに、保育園のときは晴香が健太郎を抱っこしている時もあったくらいだ。時々孝也のことも抱っこしてくれて、そんなときは嬉しくてたまらなかった。
 姉弟が小学生の頃に父親が病気で亡くなってからは、母親が働きに出ていたから腹減らしの健太郎の夜ご飯はいつも晴香が作っていた。
 あっちこち焦げたチャーハン、ちょっとしょっぱすぎるおにぎり、健太郎は文句を言いつつもいつも美味しそうに食べていた。そしてひとりっ子でよく健太郎の家に行っていた孝也のことも晴香は放ってはおかなかった。
 『孝也もいるでしょ?』と言って差し出されるちょっと不完全な料理は家でひとりで食べるどんなものより美味しく感じた。
 小さい頃からそばにいた晴香を孝也も本当の姉のように思っていたから、遠慮もなくあれが食べたいこれが食べたいと健太郎と一緒になって言ったけど、あまり聞き入れられることはなかった。でも出てきたご飯は美味しくて、あっという間に食べてしまうのだから不思議だった。
 今になって思えば、ああやってあれこれ頼んだのは、ただ晴香に構ってほしかっただけなのだろう。本当は晴香の作るものならばなんだって美味しいに違いなかったのだから。
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