契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「晴香…」

 荒い息が晴香の名を呼び、赤く染まる肌を辿る。まるで愛しい人を呼ぶように。

「晴香…」

 でもどうして彼はそんな風に私を呼ぶの?
 愛してくれていないのに、そんな風に…。
 晴香の中の彼を愛する大事な部分が悲痛な声をあげ始める。
 私を愛していないのなら、そんな風に呼ばないで。
 愛するつもりもないくせに、心を奪っていかないで。
 その想いが、その叫びが、晴香の目から涙となって溢れ出し、ようやく晴香にも未来が見えた。この夜を越えたふたりの未来が。
 このまま彼に抱かれたら心が壊れてしまうだろう。
 本当に愛してほしいのだと、あなたの心もほしいのだと、言いたくて。
 言えなくて。

「…っく」

 堪えきれずに溢れる涙。
 それに気が付き、孝也の手が止まった。

「晴香…?」

 もうダメだと晴香は思う。
 この結婚は失敗だった。

「くっ…」

 後から後から流れる涙を止めることができないままに、晴香は両手で顔を覆い泣き続ける。心の中でごめんなさいと、繰り返して。

「晴香…」

 孝也の声に滲む困惑に、晴香の胸は締め付けられる。
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