契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 孝也はもう、晴香には触れない。
 晴香の料理にどうでもいい注文をつけてちょっと強引に承諾させたり、じゃれるようにキスをしたり抱きしめたり、そのすべてがあの日からパタリとなくなった。
 …それを、寂しいと思う権利は自分にはないのだと晴香は自分に言い聞かせる。
 あたりまえのその夫婦の触れ合いを、拒否したのは他でもない自分なのだから。ただ孝也は、晴香のその意思を尊重してくれているにすぎないのだ。
 それでもそれを目の当たりにするたびに晴香の胸はぎゅっと痛む。あの温もりが恋しいと晴香の心が嘆き悲しむ。愛していないなら触れないでとあの夜あんなに泣いたくせに。
 寂しくて、やるせなくて、つらい。
 でもそんな風に思うことさえ許せない。
 無謀な結婚を承諾し、約束を破り、彼を愛してしまった。それなのにその気持ちを割り切ることもできずに、妻の役割を完全には果たせていない自分が不甲斐なくて情けない。
 そんな自分にできるのは、つらいなどと嘆くことなくこの気持ちは胸に閉じ込めて、彼の妻を演じきることだけなのだろう。
 でも…。
 フライパンの火を止めて晴香は小さくため息をつく。
 いったい、あとどれだけこんな日をやり過ごせば、この想いはなくなるのだろう。
 この胸は痛まなくなるのだろう…。
 孝也が消えていったドアを見つめて、晴香はきゅっと唇を噛んだ。
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