契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 案の定、広子はにっこりと笑って頷いた。

「そうよ」

「そうなんだ。美紀ちゃんも一緒に?」

 晴香は健太郎の妻の名前を口にする。
 リビングから楽しそうな笑い声が聞こえるのだから、当然そうだろうと思って言ったのだが、広子は今度は首を横に振った。

「美紀ちゃんじゃないわ、孝也君よ」

「え? 孝也?」

 晴香はパンプスを脱ごうとしたまま、動きを止めてリビングへ続く廊下を見つめる。
 今日のお昼休みの出来事が頭に浮かんだ。

「そうよ。美紀ちゃんが会社の飲み会だとかで今夜は遅いらしくて、暇を持て余した健太郎が呼び出したみたいよ。孝也君も忙しいのに迷惑な話よね」

 そう言って広子は苦笑している。
 いい歳をした息子が友達を連れて実家で宅飲みなんて…と思われてもおかしくはないのだが、それでも広子が少しも迷惑そうにしていないのは、孝也が広子もよく知る健太郎の幼なじみだからだ。
 孝也はまだ小学生にもならない頃からよくこの家に遊びに来ていた。
 広子にとってはもはや息子同然といってもおかしくはない人物なのだ。
 父は小学生の頃に亡くなったから、普段は女のふたり暮らしで静かな家に、楽しそうな笑い声が聞こえるのを母が喜んでいるのがありありとわかる。
 晴香はなんともいえない気分のまま、パンプスを脱いだ。

「晴香、ご飯は食べたのよね」

「うん」

 そう答えて晴香が玄関に上がった時、リビングから健太郎がひょっこりと顔を出した。

「お、姉ちゃん、おかえり。孝也が来てるぞ」

 晴香はそれにうんと答える。
 健太郎同様、晴香にとっても孝也は幼なじみだが、すぐに顔を合わせる気にはなれない。
 晴香はそのまま二階にある自分の部屋へ向かおうと、階段に足をかける。築四十年の木造二階建の建物の床がミシリと鳴った。
 そんな晴香の様子に、健太郎が口を尖らせた。

「あ、なんだよ、そのつれない態度。姉ちゃんの会社の、副社長様だぞぅ。挨拶しなくていいのかぁ」

 晴香は健太郎をじろりと睨んだ。彼はすでに出来上がっているようだ。

「荷物を置いてくるだけよ。酔っ払い」

 まともに相手をする気になれなくて、晴香はそう言い放つとぎしぎしと音を立てて、さっさと階段を上ってゆく。
 そして自分の部屋に入ると、パタンと閉じたドアを背に、深呼吸を一つした。
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