契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「だって、割り切って子作りもできないのに。結婚してしまって…」

 晴香は申し訳なくてうつむいた。
 家族のこと、将来のこと、いろいろなことが一気に解決する結婚だなんて喜んだけれど、本当はこれが一番大事だったんじゃないかって思えてきた。
 そんなことを考えて、黙り込んだ晴香の頬に孝也の手が当てられて、くいっと上を向かせられる。
 そこには、複雑な色を浮かべた孝也の眼差しがあった。

「晴香はさ、俺とは無理だって思う?」

 一段低くなった孝也の声に、晴香の肌はぴくりと震える。射抜くような視線は、晴香の知らない孝也だった。
 いやそもそも、と晴香は思う。
 自分はどれほど彼を知っていたのだろう。
 頬に添えられた大きな手、自分を包む逞しい腕、落ち着かない気持ちにさせるこの視線…、全部全部、晴香の知らない孝也だった。

「晴香?」

 名前を呼ばれて、晴香は思わず目を閉じる。
 いつのまにか、彼の呼ぶ自分の名前が、こんなにも甘く聞こえるようになっている。

「晴香?」

 聞き慣れたはずのその声が、甘く晴香の頭に響いて、晴香の中の忘れかけた何かを目覚めさせようと心を揺さぶる。もう自分には必要がないと閉じ込めた、あの気持ちを。
 晴香は目を閉じたまま、掠れた声を絞り出した。

「孝也なら…、大丈夫だと思う」

 言いながら目を開くと、目の前の男らしい喉元がごくりと動くのが視界に入る。思い切って視線をあげると、なにかを堪えるように眉を寄せた孝也の瞳と目が合った。
< 88 / 206 >

この作品をシェア

pagetop