契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「は、初めはすごく戸惑ったけど。でもい、嫌じゃなくて…」

 そこまで言って顔を上げると、拍子抜けしたような表情の梨乃と目が合う。彼女はぷっと吹き出した。

「ならいいじゃない。いったい何がダメなのよ」

 くすくすと笑い続ける梨乃に、晴香は頬を膨らませて、言葉を付け足した。

「だって孝也とはそういう約束なんだもん。恋愛感情はなしっていう」

 孝也にとってあのスキンシップはきっと、夫婦関係を円滑にするための手段にすぎない。晴香がそれに胸をときめかせ、あろうことか友達以上の感情を抱くことなど、望んではいないだろう。
 梨乃がまだ笑いから抜け出せないままに晴香に問いかけた。

「恋愛感情を持ったらダメって、副社長がそう言ったの?」

 晴香は少し考えながら口を開いた。

「ダメとは言ってないけど、その方がいいって言ってたと思う。孝也はね、昔からすごくモテたの。私は詳しくは知らないんだけど、弟の話では断ってもしつこくされて困ることも珍しくなかったみたい。たぶんもう女性はこりごりなんじゃないかな。だから、絶対にそうはならなさそうな私と結婚したのに、結局私が孝也に恋愛感情を持っちゃったら、すごくがっかりするでしょう?」

 一気に言って、晴香は小さく息を吐いた。
 それと同時にここ二週間、晴香が抱えていたもやもやはやはりこれだったのだと改めて自覚した。
 孝也を弟ではなく夫として見られるようになればなるほど、信頼できる幼なじみ以上の感情を抱いてしまいそうで怖かった。
 晴香に触れる少し体温の高い大きな手。
 熱い息。
 シトラスの香り…。
 いやもうすでに、晴香はそこに足を踏み入れてしまっている。
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