お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 それで軽蔑されても仕方ない。そんなことよりもっと、私は彼女に知ってほしいことがあるのだ。
 真剣な目をした私に押されて、観念したように井山さんは大福を手に取って、口に運んだ。
 その数秒後、彼女はあることに気づいて固まった。
「これ……シャインマスカット……」
「井山さんのご実家、ぶどう園だったんですね。採用する果物を迷っていたら、高臣さんに井山さんのご実家のくだものを薦められたんです。食べてみたらみずみずしくて甘みがあって……、本当に理想的なぶどうでした」
「た、高臣さんが薦めたの……?」
「このぶどうの魅力を最大限に生かす和菓子にしようと、逆算して施策を重ねました。井山さんのご両親が育ててくださったくだものを、ちゃんと多くの人に届けたいんです。だから、オープン前に悪評を流すのだけは、止めてください」
 そこまで言い切って、私はぺこっと頭を下げた。
 井山さんのご実家のくだものを薦められたのは、もちろん井山さんに出会う前のことだった。
 高臣さんは自然災害で打撃を受けた農家を助けたいと、さまざまな事業と手を組んでおり、そのひとつに井山さんの農園があったのだ。
 『ここのぶどうの味が忘れられないほど美味しかった』という高臣さんの推薦の元試食したところ、私はすぐにこのぶどうにしようと決めたのだ。
 まさかこんな形で、その農園の娘さんと出会うとは思っていなかったけれど……。
 でも、ふとひとつだけ気になるところがある。
 そのぶどう園の名前が、"井山"ではなかったのだ。
 なんて疑問を浮かべていると、突然井山さんに両肩をがしっと掴まれ、鬼気迫る表情で問い詰められた。
「私は……、推しの仕事の邪魔をしてたというの……!?」
「え!? 推し⁉」
「私はもう結婚してるけど、高臣は一生の推しなの! 恋愛なんかとは違うの! 顔、声、体型、全部が好きなの……」
「えっ、井山さん結婚してるんですか!?」
 私はロッカールームに響き渡るほど大きな声で、思わず全力でツッコミを入れてしまった。
 岡田さんはそんな私を見て、「え、高梨ちゃん知らなかったの?」と、冷静な問いかけをしている。
 知らなかった……知らなかったですとも……。だから農園と苗字が違ったのか……。
 井山さんはいつもクールな態度から豹変し、半狂乱で頭を抱えて嘆いている。
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