お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 色んな嫌な思いもさせられたのは正直なところだけれど、"高梨園"を信頼してもらえたなら、それだけでもう十分だ。
 ほっとした表情を浮かべていると、隣にいた岡田さんが私の腕を肘でつついて、「ちゃんと謝罪もされてないのに許すな」と小声で言われた。
 岡田さんの忠告に苦笑いをしていると、高臣さんは井山さんの方に一歩近づいた。
 そして、私たちに聞き取れないほどの囁き声で、井山さんに何かを伝えはじめる。
「井山さん、これから凛子の仕事を引き継いで頂くということで、お世話になります」
「いえ、そんな……」
「……その恩があるので今日は強くは言わないが、次凛子に何かしたら許さないからな。君がやったことは、全部把握してる」
「え……!」
 何を言っているのか気になる……。
 そう思ってじっと二人の様子を見ていたが、なぜか井山さんの顔は真っ青になっていた。
 疑問符を頭の上に浮かべている私に、高臣さんは爽やかな笑顔を向ける。
「そろそろ戻るよ。凛子、急に職場に来て悪かった」
「あ、はい、お疲れ様です……」
 そう言うと、彼はドアに張り付いているパートのおばさん達にも笑顔を向けて、ドアを開いた。
 おばさんたちはまるでアイドルへささげるような視線で高臣さんを見送り、岡田さんと私もその一連の様子をただただ見守った。
「なんか、代表が歩いて行った方向にキラキラとした空気の残骸が見えるんですけど……?」
「岡田さん、それは幻です」
 岡田さんの言葉に即座につっこみを入れて、私は井山さんの方へ向き直る。
 そして、彼女は青い顔のまま「すみませんでした」と消え入りそうな声でつぶやいたのだった。
 井山さんが、高臣さんに何を言われたのかますます気になったけれど、からっとした笑顔で帰っていった彼を思い出し、深追いするのはやめようと心に誓った。
 そんなこんなで、私の嵐のような最終出社日はなんとか終わったのだった。
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