お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 私はすっと離れて、羊羹を紙袋から取り出した。
 ……この"夜桜"は、二層に別れた春限定の羊羹だ。一層目は真っ黒な夜を現した、自慢の餡でつくった羊羹で、その上の二層目は、桜の花を寒天で閉じ込めてできている。
 見た目も美しいこの羊羹は、うちの自信作のひとつだ。
「あまり知られていないんですけど、羊羹はワインとも合うんです。特に、甘めの白ワインや、シャンパンとも相性がいいんですよ。私は特に小樽の"ナイン"という白ワインと一緒に食べるのが好きで……」
「そうなのか。それは知らなかった」
 高臣さんが試してみたそうにじっと羊羹を見つめているので、私は恐る恐る問いかけてみる。
「よかったら……今一緒に試してみますか?」
「……いいのか」
「はいっ、切ってきますね。キッチン借りても大丈夫ですか?」
「いや、俺が切る。引っ越し作業で疲れているだろうから座ってろ」
「え……」
 そう言って、高臣さんはスッとキッチンに向かってしまった。
 言い方は不器用だけれど、最初に会ったときの冷たい印象とは少し違う。……いや、だいぶ違う。
 もっとドライな関係性を望まれていると思い覚悟してきたけれど、拍子抜けするほど優しく対応してもらっている気がする。
「こんなんでいいのだろうか……」
 なんだかこのままだと、本当に勘違いしてしまいそうだ。
 なんて、うっかりそう思った自分にハッとして、私は軽く自分の頬を叩いた。
 危ない。自分の恋愛経験値の低さを理由に、うっかりときめいてしまうところだった……!
 しっかりしろ、自分。この結婚に感情はいらないと言われたじゃないか。
 そんな風にひとり葛藤していると、高臣さんが上品なガラス皿に乗った羊羹を持ってきてくれた。
 そしてもう片方の手にはしっかり、シャンパンがある。
「このシャンパンで合うだろうか」
「こ、こんなに高そうなシャンパン……逆にいいんでしょうか……」
 高臣さんからは、今すぐ試してみたいというように、ウキウキしているオーラがかすかに漏れ出ていて、私は先ほど強く自制したばかりなのに「かわいい」と思ってしまった。
 お互い向かい合うように着席して、高臣さんにシャンパンを注いでもらう。
 そして、しっかり目を合わせて、私たちは何も言わずにグラスを少しだけ寄せあった。
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