お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 長くお付き合いのあるお客さんは変わらず来てくれるけれど、空いた分の穴を埋められるような新規のお客さんが増えていないのだ。
 うちは鮮度が命の和菓子なので、全国への宅配などは請け負っていない。
 何度かデパートへ出店するオファーが来たけれど、父は頑なに『自分の目が届かない範囲でうちの商品は売れない』とか、質が落ちることや接客を危惧して断り続けているのだ。
 何かしてあげたいけれど、頑固な父を説得できる気もしない……。
 今はとにかく、愛のこもった和菓子を作り続けることしかできない。
 母の手料理でスタミナをつけて、明日しっかり役に立てるように頑張ろう!
「あれ? 凛子また来てたのか」
 そんなことを思っていると、うしろから名前を呼ばれて、里芋を頬張りながら振り返った。
 そこには、真っ白な仕事着姿の若き和菓子職人――私にとっては幼なじみの、永亮(エイスケ)がいた。
 長身の彼は、背の低い我が家の勝手口をくぐって入り、呆れたような顔で私を見つめている。
「ほぼ毎週つまみぐいしに帰ってきてんのかお前は」
「だって美味しいよ。永亮も食べる?」
 菜箸で掴んだ里芋を永亮の口元へ持っていくと、彼は心底嫌そうな目つきで「あーん」されるのを拒否した。彼の悪態はいつものことなので私は全く気にしない。
「京香(キョウカ)さん、明日の下準備も全部終わったので、お店の鍵ここに置いておきますね」
「お疲れ様永亮さん。凛子もいることだし、夕飯食べていく?」
「いや、せっかくの水入らず邪魔するわけにはいかないので」
「幼なじみなんだから、遠慮することないのに。お茶だけでも飲んでいって。今凛子が淹れるから」
 母親は相変わらずさらっと仕事を振ることが上手い。
 思い切り不服な顔をしながら急須を棚から取り出すと、永亮は「じゃあお茶だけ」と言ってダイニングチェアに座った。
 彼はバサッと仕事着を脱いで、うちの店名の刺繍が入った帽子を外すと、黒髪の短髪をさっと整える。
 永亮とは幼稚園のころからの付き合いだけれど、こんなに不愛想なくせに女の子にはなぜかウケがよくて、よく告白の協力をさせられていた。
 今も神楽坂のマダムたちに大人気らしく、テレビ取材が来るときは必ず永亮がレジを任されている。
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