お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 なんで昔からこいつはそんなに人気者なんだ……という目でお茶を出すと、永亮は切れ長の目で「なんだよ」と睨み返してきた。
「お前、管理栄養士の仕事はどうなの?」
「うん、毎日忙しいけど、楽しくやってるよ」
「五年は外で働く約束だったんだっけ?」
「約束っていうか……私の我儘聞いてもらっただけというか」
 社会人になって、管理栄養士として百貨店の社員食堂で働くようになり五年目。
 前々から上司には相談済みだけれど、秋には仕事を辞める予定だ。
 幼いころから食べることが大好きだったから、食のことを学んでいきたいと思って、大学は管理栄養学科のある学校へ進んだ。
 兄と一緒に小さいころからお店を手伝ってきた私は、お店を継ぐ決意を固めるのには時間はかからなかった。
 でもその前に、外の世界を見て、和菓子離れをしている今の若い人たちの味覚の好みを学びたい……そんな我儘を両親は受け入れてくれたのだ。
 夢は、体に優しく、栄養価の高い和菓子を開発して、幅広い世代にうちの和菓子を知ってもらうこと。
 自分で五年という勉強期限を決めて、私は実家を出て一人暮らしを始めた。
 管理栄養士の委託会社に入社し、働き先は今は銀座の一等地にある百貨店『三津橋』の社員食堂に割り振られている。
 銀座で働いている間も、私は地道に実家に通って和菓子作りを学ぶ日々を送っていたのだ。
「でも、もうすぐ帰ってくるんだよな」
 永亮の言葉に、少しだけ気が引き締まった。
「うん、あと数ヶ月、しっかり学んで帰ってくる」
「またうるさくなるな……。お前あんこつまみぐいすんなよ」
「しないよ! いくらなんでも! でも味見はすべきだよね」
「味見とつまみぐい混同すんな」
 永亮はまた呆れた目つきで私のことを見てから、「まあでも、頑張ったんじゃん」とぼそっとつぶやいた。
 まだあと少し時間があるけれど、私は来年この店に戻ってくるんだ。
 今は、売り上げ低減に加え家賃が高騰し、なかなか難しい状況にあるけれど、新規のお客さんを増やすことに力を注ぎたい。もらった時間を無駄にしないように、最後までしっかり管理栄養士として勤めよう。
「凛子……、帰ってきてたのか」
 そんなことを思った矢先……、再び私を呼ぶ声が聴こえて、勝手口を振り返った。
 そこには、なんだかいつもと様子が違う父がいた。
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