お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 その線引きがハッキリとしているから、案外動揺したのはあの日の一瞬だけだった。
 じゃあ、あんな風に迫ってくるのが、もし高臣さんだったら――?
「ダメ!」
 一瞬高臣さんにキスを迫られる映像を想像しかけた私は、そのイメージをかき消すようにガシャンと勢いよくロッカーのドアを閉めた。
 思ったより控室に響いた音に、岡田さん含む周りの人が目を丸くして私を見ている。
「あ……、すみません……」
「高梨ちゃん、どうしたの……。もう私のアイドル話聞くの嫌になったとか……?」
「あ! 違うんですっ、今は全然別のこと考えてて……!」
「あ、全然別のこと考えてたんだ……それはそれでショックだわ」
 ぺこぺこと頭を下げて、私は残りの身支度を高速で終えて、調理室へと駆け込んだ。
 閉めたドアに背中をつけて、私はそっと目を閉じて自分を落ち着かせる。
 ……どうかしている。メッセージが帰ってこないだけでこんなに気持ちが暴走してしまうだなんて。
 今日の夜、高臣さんが久々に家に帰ってくるけれど、永亮がしょうもない写真を送りつけたせいで、呆れられていたらどうしよう。
「ダメダメ、今は仕事集中!」
 私はバシッと自分の両頬を叩いて、仕事モードになんとか気持ちを切り替えようと試みたのだった。
 
 〇
 
 そういえば、高臣さんはうちの和菓子以外に何が好きなんだろう。
 仕事終わりにスーパーに寄った私は、高臣さんのことをまだ何も知らないことにはたと気づいた。
 久々の手料理だろうから、彼の好きなものでも作って迎え入れたいと思ったけれど、彼の好きなものが甘い物以外思い浮かばない。
「聞いておけばよかったな……」
 カートを押しながら、私は会社くの高級スーパーで立ち尽くしてしまった。
 この前、ポテトサラダも魚も美味しそうに食べてくれたから、和食は普通に好きなはず……?
 この前連絡先を交換した、咲菜さんに聞けば分かるかな。
 いや、仕事終わりで一番疲れているこの時間に、こんな質問をしたら迷惑だろうか。
 そもそもお金持ちが好きな家庭料理とは、いったい……。
 どんなにイメージしてみても、漫画や映画で観た映像しか浮かんでこない。
 うーんうーんと頭をひねっていたら、ブブブとスマホが震えた。
 ……高臣さんからのメッセージだった。
 『用があって会社に一度帰ったんだが、急遽食事会に行くことになった』
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