お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 私服姿の父は、私を見るや否や何か言いたげにしている。
「お父さん、お帰りなさい。友達と飲んできたの?」
「ああ、会社員時代の同僚とな」
 じつは父は和菓子屋を継ぐ前に、結構大きな財閥系の会社で会社員として働いていたのだ。一度外に出て働いて来いというのは、おじいちゃんからの教えだったのかもしれない。
 永亮は席を立って、さっとお湯を急須に注ぎ父にお茶を出している。さっきの悪態はどこへやら……私の前とは打って変わった礼儀正しい態度だ。
「そんなに仲いい同僚だったの? お父さんが会社員時代の人と飲むなんて珍しい」
 父は椅子に座ると、お茶を一口飲んでから私の質問に答えた。
「部署が同じで随分気が合ってな……。うちの和菓子が好きだと、俺が会社を辞めてからもずっと買いに来てくれていたんだ」
「へぇ、嬉しいね。私も会ったことあるかもね」
「名前は髙橋(タカハシ)と言うんだが、じつは会社では偽名を使っていたと言い出してな……」
「え……、何それ! どういうこと……?」
 話が急展開になり、私と永亮は目を丸くして驚いた。
 父が動揺していた理由はそれだったのか……。
 社内で偽名を使うだなんて……いったいどういういこと?
「じつは、社長のご子息だったそうで、周りに気を使わせないために偽名を使っていたんだそうだ」
「え……、ということは、三大財閥の三津橋家の人ってこと……?」
「そうだ。たしか凛子の百貨店も、三津橋家の経営のひとつだったよな」
「う、うん……。でも私は、委託だから直接は関わりないけど……すごいね。スーパー御曹司だったんだ」
「いやあ、時折品がいいと感じたのはそういう理由だったのかと……」
 まいった、と言って父は頭をがしがしと掻いた。
 料理をしながら話を聞いていた母も、「まあそうだったの」と驚いた声を上げている。
 しかし、永亮だけは真面目な顔で、父がこれから何を言おうとしているのか予測していた。
「玄(ゲン)さん……、もしかしたら百貨店への出店を持ち掛けられたのですか?」
 永亮の質問に、父は戸惑いの色をより一層濃くした。
 そうか、同僚のよしみでそんな話を持ち出されてもおかしくはない。
 新しい場所でうちの商品が売られることは……、私的にはチャレンジしてみたいことだ。
 ごくりと生唾を飲みこんで父の言葉を待っていると、彼は首を横に振った。
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