お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 そんなこと、ありえるわけがない。どう考えたって、私より笑顔の素敵な人なんて、彼の周りには何百人といたはずだ。
 だけど、高臣さんがこんなに照れくさそうにしているのを、私は初めて見た。
 なんだ、私はてっきり……。
「凛子。沈黙は辛いから何か言ってくれ」
「すみません! い、意外な理由過ぎて、驚いてしまって……」
「どんな理由だと思ってたんだ」
「……え」
 そう問いかけられて、私は自分が考えていたバカらしい理由を言うかどうか悩んだ。
 けれど、高臣さんは目で言わないと許さないと、訴えかけている。
 なので、私はしぶしぶ、高臣さんが私に少しでも好意を持ってくれた理由の予想を俯きながら答えた。
「た、高臣さんは、うちの和菓子が好きすぎるあまり……、私自身が和菓子の擬人化に見えてきて、愛しく思ってくれたのではないかと……」
「……俺にそんなファンタジーな世界観があると思うか」
「ないですよね。ごめんなさい」
 だから言いたくなったかのに……。
 怒られると思って恐る恐る高臣さんの顔を見上げると、彼は口元を手で押さえて、くっと笑いをかみ殺していた。
 あれ、呆れられてない……?
 高臣さんが笑い終わるのを大人しく待っていると、突然、景色が九十度回転した。
「きゃっ」
「もうこれだけ天然かまされて、気持ちをスルーされ続けてきたんだ」
「た、高臣さん……、あの」
 押し倒されてすぐに、両手首を押し付けられ、動けなくさせられてしまう。
 獣のような瞳が、まっすぐ私のことを射抜いている。
「もう手加減はしない」
「え……あの、高臣さっ……」
「どんな手を使ってでも、惚れさせてやる」
 惚れさせるもなにも、私はもう、高臣さんへの気持ちを自覚しているのだけど……。
 自分の気持ちをちゃんと伝えようとしたけれど、でもそれは、今の獣モードの高臣さんには言い出せる空気ではなくて……完全にタイミングを失ってしまった。
 
  「もう逃げられないんだから、諦めろ」
 彼が顔を近づけると、ギシ、という音と共にスプリングが軋んだ。
 その音を合図に、恋愛経験値が中学生並みの私の心臓が、ドックンドックンと呼吸が困難になるほど激しく拍動しはじめる。
 二十七年間生きてきたけれど、こんなときの対処法が私の薄い辞書には載っているはずがなかった。
 あまりの近さに耐えられず、私は思わず目を背ける。
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