お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
「家賃の値上げ……」
 誰もが予感していることを、永亮が隣でぼそっとつぶやいた。
 たった数万の値上げでも、商品の単価が低いうちでは、和菓子何個分に相当するのか考えるだけで頭が痛くなる。しかもここは神楽坂の駅近だ。ただでさえ相場は高い。
「来月からさらに家賃が上がるそうだ……」
 ……誰しもそうでないことを願ったが、電話内容は家賃値上げの通告だったようだ。
 いつも冷静な父だけれど、今回ばかりは落ち込んでいる様子だ。
 何を思ったのか、そんな姿を見た途端、私は椅子から立ち上がっていた。
 そして、お父さんの顔を真っ直ぐ見つめて提案したのだ。
「私、とりあえずお見合い受けてみる」
 ――動かなければ、何も決められない。
 それはいつも、人生の大事な分岐点に立ったときに、自分を奮い立たせるために言い聞かせていた言葉だった。
 まだまだ未熟な私は、兄や永亮のように、商品づくりに貢献できる力もない。
 でも、何もできないままじゃこのお店は無くなっちゃう。
 しかもお相手は老舗百貨店の代表取締役……。ビジネスのチャンスに繋がる話はたくさんあるはずだ。
 それに、この年まで恋愛もそこそこで、結婚のことなんて考えてもこなかった。
 自分にはこのくらい強引な話の方が合っているのではないか……なんて、無理やり自分を納得させる。
「お父さんお母さんの言う通り、結婚するかしないかは自分で決めるよ。もしかしたらすごく良い人かもしれないし」
「凛子……」
 お母さんが心配そうな顔で私を見つめているが、私は安心させるように笑顔を返した。
「ていうかその前に、向こうも会ってもいない私と結婚したいと思うか分からないしね……あはは……」
「まあ、たしかにな」
 隣にいた永亮が即答したことに少し苛立ったが、私は彼の発言を無視して話を進めた。
 とにかく、会ってからすべてを決めよう。
 頑固な私は、自分で決めたことを曲げないということを、父も母も知っていた。
 渋い顔をしている父に、私は念押しするように確かめる。
「もし私がその人と家族になったら……、百貨店への出店は考えてくれるの?」
「…………」
「お父さん、私、このお店がすごく大事なの。変わらないものを守るためには、変わらなきゃいけないときもあるって、おじいちゃん言ってたじゃん」
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