お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 『まあそれはほとぼりが冷めるとして。それで、数名うちの取り乱した社員が、ランチ営業後にも関わらず社員食堂に向かってしまったとか。ご迷惑をおかけしてないか、不安になりまして』
「それでご丁寧にお電話くださったんですね……」
 『まあそれは建前で、凛子ちゃんが気に病んでいるかもというのが、不安だったの』
「咲菜さん……」
 咲菜さんの優しさに思わずじーんとしてしまった。
 さっきまで思い切り取り乱していたが、不思議と心が落ち着いていく。
 咲菜さんは一見クールに見えがちだが、とても優しい人だ。
 『で、食堂にしたたかな女がいる、なんて噂が立ってるけど、どうする? ひとりひとり呼び出してタイマンする?』
「発想が物騒すぎません!?」
 『大丈夫、加勢するわ。実家で野性み溢れるドーベルマンも飼ってるし』
「すでにタイマンではないのでは……」
 『冗談よ』
 冗談、分かりづらい……。
 私は心の声が電話越しに漏れてしまいそうなくらい、胸のうちで突っ込んだ。
 どう考えてもありえない提案だったが、咲菜さんはいつもあまりに冷静に真面目な声で話してくるから、温度感が伝わりにくいのだ。
 ひとまず心を落ち着けて、今のこの状況を整理してみる。
 うちの職場はおろか、高臣さんの悪意なき発言で私がただの恋人でもなく婚約者であることが知れ渡り、今あの百貨店の裏側はとんでもない嵐が吹き荒れているということだ。
 これはもう、戦うしかない……。
 『ちなみに、もし凛子さんがしたたか呼ばわりされていると兄さんが知ったら、絶対零度の怒りで会社を凍らせそうだったので、兄さんの耳にはその噂は入れてないわ』
「咲菜さん、本当にありがとうございます……!」
 『大丈夫? 本当にまずいことがあったらすぐ言ってね。私にも、高臣兄さんにも』
 咲菜さんの落ち着いた声を聞いていたら、本当に少しだけ心が穏やかになってきた。
 私は感謝の気持ちを込めて、スマホ越しに御礼を伝える。
「もう少し、自分がすべきこと考えてみます。今日は本当にありがとうございます。おやすみなさい、咲菜さん」
「……おやすみなさい」
 咲菜さんは何か少し言いたげな間を残してから、通話を切った。
 今後の職場の空気を考えると頭が痛いが、私はひとつ決心をしてマンションへ帰った。
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