極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました
その声は弱々しく、音程も合っていないし、声もしゃがれていた。
それなのに、その場所に響き渡り、椿生の元へも届いた。
そして、椿生はハッとして足を止めた。
「つば……き………。つばき………」
「おまえ………声を………」
畔はゆっくりと彼の名前を呼んだ。
こっそりと練習していた、「つばき」という恋人の名前を。彼に名前を呼んで欲しかった。だから、畔も椿生に名前を呼びたかった。
喜んでもらえるように、畔はこっそりと発音の練習をしていたのだ。その時は彼の名前を呼ぶと笑顔になれた。
それなのに、どうして今は苦しいのだろうか。彼の名前をやっと声で呼べたというのに。
「つばき…………」
涙をボロボロと溢しながら、必死に名前を呼んだ。人前で、歌以外の声を出したのは何年ぶりだっただろう。ずっと近くにいた幼馴染みでも驚くぐらいだから、長い間話をしていなかったのだ。
椿生に、自分の気持ちが伝わってほしい一心で名前を呼んだ。
こちらを向いてほしい、戻ってきてほしい。
だが、畔の思いは彼には届かなかった。
椿生は真っ直ぐに背を向けたまま、歩き出してしまった。
畔に背を向け、あっという間にいなくなってしまったのだ。
「つばきーー」
最後の声は、もう掠れて何と言っているのなわからないぐらい酷いものだった。
畔はその場に座り込み、泣き続けたのだった。