クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 ――酷い!

「わざとよ、あれは私に向けていったんだわ! 本当ーーに、ムカつく!」

 マンションに帰った紫織は、着物を脱ぎながら、美由紀に訴えた。

「過去なんてさっさと忘れろって言いたいのよ!あいつは!」

 そのあとの会話は全く耳に入ってこなかった。
 光琉と宗一郎でなにか話してはいたが、それがなにかもどうでもよかった。
 ちょうど荻野社長が着物の着付けのこととか話しかけてきたお蔭で、後部座席の会話を聞かずに済んだのが救いである。

「でもさぁ紫織。さっきの人、副社長だっけ? 素敵な人じゃない?」

「え? ああそうね。荻野副社長は優しくて面白くてとーーってもいい人。詳しいことは知らないけど宗一郎と同じ業界にいた関係で知り合って意気投合したらしいわ。それで、ふたりで『SSg』を立ち上げたんだって」

「ふーん」

「『SSg』の社員はみんないい人だよ。宗一郎の秘書の恋人だって、見た目はすごく可愛いけど言うことは男らしくてね。さっぱりとした優しい子」
 そう言いながら、酔っ払いから光琉を助けた宗一郎のあのシーンを思い出し、胸がチクッと疼いた。

 ――羨ましいくらい、光琉は素直でいい子。
 守ってあげたくなるくらい。

 はぁ……。

 とにかく今日は疲れた。お風呂に入って、早く寝よう。

「じゃあね、今日は早く寝るわ」
「ウンウン、お疲れさま。ゆっくり休んで」

 自分の部屋に行くと、ふと窓際に置いてあるガラスの瓶が目についた。
 しずくの形の小さなテンポドロップ。

 ガラス瓶の中を覗くと、細かい結晶が沢山見えた。

 明日の空は、荒れるかもしれない。
 いまは七月末の夏まっ盛り。梅雨は明けたはずなのに、ジトジトとしたすっきりしない日が続いている。

 ――明けない梅雨はないというが、本当だろうか。

 電気を消して、紫織はテンポドロップの前にしゃがみこんだ。

 目が暗闇に慣れてくると、ガラスの中に浮かぶ雪のような美しい結晶が、浮き上がってくる。

 きらきら、きらきら、輝いている。

 宗一郎が好きだからと自分もこのガラス瓶に興味を持って、いつしか彼とは関係なく、自分が好きな物になっていた。

 別れて間もなくは見るたびに彼を想いながら泣いていたけれど、最近はそんなこともなくなっていた。
 この七年。あっという間だと思っていたけれど、よく考えればそうじゃない。

 その間に心は確実に変わっている。
 テンポドロップを見ても彼を思い出さなくなったように、
 七年という月日は、涙を想い出に変えるだけの長い長い時間だったのだ。

 ――かっこよかったなぁ、宗一郎。
『本日はお忙しい中……』

 最後の最後に彼はひとことだけ挨拶をした。
 スポットライトを浴びて挨拶をする彼は堂々としていて、紫織の周りにいた女の子たちがキャッキャと囁き合っていた。

『社長って、無口だけど本当に素敵だよね』
『でも、ライバルが光琉ちゃんじゃ、敵わないもんなぁ』
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