クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 自分のことに精一杯ですっかり忘れていたが、あの時、エレベーターの中で言い争った勢いを隠すこともなく、飛び出すようにして会社を出て行ったのだ。

 あの場にいた社員たちは、何事かとさぞかし驚いたに違いない。噂になっても当然だった。

「あ、あれは……」

 でも。だからと言って、正直には言えるだろうか?

 ここで本当の事が言えたら、もしかしたら楽になれたかもしれない。
 元恋人の彼のことが今でも好きで、忘れられなくて辛いんですと正直に全てを打ち明けたら。人生経験豊富な室井は、適切なアドバイスをくれるかもしれない。
 きっとなにか答えをくれるだろう。

 そうは思ったもの、全てを言う勇気はなかった。

 やっぱり知られたくはない。
 誰も宗一郎との関係を知らないからこそ、耐えられることもある。

 結局。上手い言い訳を見つけることもできず、紫織は嘘の中に半分だけ嘘をついた。

「――そっくりなんです。元彼と。そっくりなんですけど、中身は全然違うんです。彼は一途で優しい人だったから――。とっても優しい人で……。私もその彼と付き合っていた頃は、こんな風にイヤな女じゃなくて。社長の前に出ると、自分の中の醜さばかりが思い知らされて、だから……」

 言いながら紫織の目には、また涙が溢れてきて、込み上げる想いに喉の奥が締め付けられて、最後は声にならなかった。

「あー、また泣く。しょーがねぇなぁ」

「すい、ませ…ん」

「あのな、紫織。お前のどこがイヤな女なんだ? お前は可愛くていい女だぞ? 俺が保証する。だいたいお前は花マルにいた頃から片っ端から男をフッてるだけで、モテるじゃないか。もっと自信を持てよ」

「もう、二度と、恋はしないって。決めて、いるんです……」

「またそれか……。その元彼と一体なにがあったんだ?」

「――それは」
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