クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 心配するなということなのだろう。

 でも、紫織にはわかる。
 優しい上司は、気弱な部下に心配をかけまいと気を遣っているのだ。

 紫織は覚悟を決めて自分に言い聞かせた。
 これから何を聞いても驚いてはいけない。社長の病気のこと以上に心配なことなどないのだから。

「大丈夫ですよ、課長。私は何を聞いても驚きませんから」
 二ッと口角をあげて、精いっぱいの笑顔を見せた。

「いよいよ、ここを手放す事にしたらしい」

「そうですか。でもまぁ、仕方ないですよね」

 つとめて明るく答え、クルクルと椅子を回して部屋を見渡す。
「いよいよ、ここともお別れかぁ」

 予想はしていたことだ。
 現状からすれば当然の成り行きだろう。

 紫織が入社した四年前には、十人ほどいた従業員もひとりふたりと減り続けた。気が付けば社長を含めて三人だけになってしまったのはゴールデンウィークが開けた頃だっただろうか。

 『有限会社花マル商事』は主に事務用品を扱う小さな会社である。
 かゆいところに手が届き、丁寧で迅速な対応を売りにしていた。

 少ないけれどもお得意さまはいて、年末年始あたりまではなんとか忙しくしていた。
 だが、追い風を感じる要素はどこにもなく、詳しいことを聞かされていない紫織にも、会社を取り巻く環境がかなり厳しい状態であることはわかっていた。

 いまや事務用品といえば大手企業からネット通販で安く買う時代である。
 インターネット社会という大きな潮流に『花マル商事』はただのみ込まれるばかりで、その波に乗ることはできなかったのだ。

そんな中、社長が倒れた。
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