クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 これでよかったのだ。

 価格競争に胃を痛め、慣れないインターネットに苦労する社長を見るのはそれはそれで辛いものがあった。

 社長は誰かにこの会社を引き継ぐつもりはないと言っていたし、となると社員のために無理をしているのではないか。

 もしかしたら、それは。
 社長が無理をする理由は、いつまでもどこにも行かずにしがみついている私のせいではないかと、紫織は密かに悩んでいたのである。

 でも、社長の悩みも自分の悩みも、これで終わり。
 この結果が良かったのか悪かったのかはわからないが、あとはもう新たな別の道をゆくだけだ。
 ならば、明るく前を見よう。
 紫織はそう思いながら大きく息を吸った。 

「あ、そうそう紫織。 社長はちゃんと俺たちの事、考えてくれたぞ」

「え? どういうことですか?」

「知り合いの不動産に頼んで、ここの買い手を探しているらしいんだが、その時社長は条件をつけたらしい。
 俺とお前を引き続き雇ってくれる会社であること。どうだ、泣かせるだろ?」

「――えぇ? もう、社長ったら」

 森田社長という人は、そんな風に社員を家族のように心配する人なのだ。
 優しい人だからと胸を熱くしながら、紫織は自分の父親を思い出した。

 紫織の父も、優しい人である。ただ、経営者としての才能はなかったが。

 そんなことを思い、そっと溜め息を漏らす。

「私も明日、お見舞いに行って来ますね」

「ああ、行って来い。喜んでくれるぞ」



 夕方になり、まだ仕事をするという室井を置いて職場を出た紫織は、道々考え深げに辺りを見渡しながら歩いた。

 ――こことも、さよならね。
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