クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 ――あのことを聞かされたのは、七年前だった。

 大阪支社を出てタクシーに乗った宗一郎は目を閉じて考えた。

 七年前のあの日。
 紫織から別れを切り出された時、それが紫織の本心ではないことはすぐにわかった。

 老舗呉服店の娘だから貧乏人とは結婚できない?
 そんなことを紫織が言うはずがない。

 でもそれを彼女の口から言わせる理由が知りたくて、宗一郎は紫織の母、藤村夫人に会いに行ったのである。

 頼んで、頼みこむつもりで、それでもだめなら紫織を連れて駆け落ち同然でもいいとさえ思った。
 紫織と別れることなど想像もできなかったから。

 あの時はただ紫織の両親が、老舗呉服屋のひとり娘の結婚に厳しいだけだと思っていた。

『藤乃屋』の店のほうに電話をかけて、夫人宛に名前を告げ電話番号を伝え連絡がほしいという言付けを頼んだ。間もなくかかってきた電話で呼び出されたのは、路地裏の小さな喫茶店。

 現れたのは紫織によく似た、和装の美しい女性だった。

『お願いします。なんだってします、だからどうか』
『紫織には縁談があるの』

『縁談?』
『そうよ? 藤乃屋のような呉服店を続けるというのは大変なことなのよ? あなたは、百年以上の歴史がある藤乃屋を潰すつもり? そういうわけにはいかないわ。紫織はひとり娘なのよ?』
 最初はそういう説明だった。

『働きながら、経営の勉強もします! 考えつくことは全てさせていただきます。だから』

 ただ頼むだけの宗一郎に、藤村夫人は、うんざりしたようなため息をついた。

『あなたは兄なのよ。紫織とあなたは兄妹なの』

 信じられなかった。

『あなたのお母さん、鏡原美咲さんと最後に会ったのも、この店だったわ。あなたが二十歳になった年よ』
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