クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~

 ここは東京都渋谷区。とはいってもこのあたりは外れのほうなので、あのおしゃれ感ただよう街とはちょっと違う。
 大きなビルが立ち並んでばかりというわけではないし、どことなく下町風情が漂っている。

 紫織はこの界隈の、ちょっとくたびれた雰囲気が好きだった。

 彼女自身は東京生まれの東京育ちなので都会の雑踏が苦手ということはないが、いつの頃からか、違和感のようなものを感じるようになっていた。

 お前はどうしてここにいるの? ここにはもうお前の居場所なんてないのにと言われているような、そんな気さえしたのである。

 この都会で夢破れた両親は、母の実家のある京都に引っ越しをした。

 紫織はひとり戻ってきたけれど、慣れ親しんだはずの都会は彼女に厳しかった。

 受ける面接はどれも惨敗。
 何度もここからはじき出されそうになり、それでも必死でもがいて足掻いて、ようやく『花マル商事』に就職が決まった時のうれしさは、いまも忘れることはない。

 ここは挫けそうな紫織に手を差し伸べてくれた、優しい街だ。

 でも、もうここともお別れである。
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