クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~

「なくなるのは残念だね。いい人たちに恵まれていたのに」

 声を出せない代わりに、紫織はうんと頷いた。
 出来ることならずっと定年を迎えるまで長く『花マル商事』で働いていたかった。

 お給料は高くはなかったし、ビルはおんぼろで華やいだ職場ではなかったけれど、大切な心の拠り所だったのである。

 仕事に慣れるまでは間違いばかりでよく叱られた。お客さんに怒鳴られたことも、出来ない自分が情けなくて、こっそりトイレで泣いたこともある。

 でも楽しかったことは、辛い思い出の何十倍もあった。

 大きな仕事が終わると森田社長がデリバリーのピザを頼み、『お疲れさん!』とビールで乾杯。うららかな春は郊外でバーベキューに、夏はビヤホール。
 秋は温泉へ社員旅行、冬は忘年会。

 みんな仲が良くて家族のようだった。

 しみじみとそんなことを思いながら、紫織はポツリとつぶやいた。

「幸せだったなぁ」
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