クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 ――え。

 なに、これ……?

 瞬間、世界が凍りついた。

 ものすごい速さでどこかに落ちるように耳鳴りがして、息をすることも忘れたらしい。

 息苦しさのあまり、紫織は我に返った。

「ハァ、ハァハァ……」
 震える肩を右の手で押さえ、左手で口元を覆う。

 ――随分変わったな?

 何がどう変わったというの。
 誰だかわからないってどういうこと?

 でも、これだけは言える。
 この言葉が意味するものは、決して好意的なものではないということだ。

 確かに変わったのかもしれない。
 宗一郎と付き合っていた頃の紫織は、見るからにお嬢さまだった。

 美容院にも頻繁に通っていたし、まだ学生だというのに全身をブランド物で飾っていた。

 別にブランド物が好きだったわけじゃない。
 ただ、『銀座に店を構える歴史ある呉服屋の娘が、みっともない格好をしてはいけません』という母の教えに従っていただけのことだが、理由はどうあれ紫織はそういう女の子だったのである。

 でも今は違う。

 質はそれほど悪い物ではないが、ノーブランドの地味なダークグレーのスーツに、ノーブランドの靴。
 バッグはといえば、辛うじて革製だが黒無地の、名もないビジネスバッグ。
 髪だって整えてはいるが、毎週のように行きつけの美容院でトリートメントをしていたあの頃とは違う。

 かつての、彼が知っている紫織は、爪も綺麗なネイルで輝いていたし、母と通っていたエステで肌も磨かれていた。
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