クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 俺は酷い男なんだろう。
 そう思う自分にもうんざりしたようにため息をもらし、鏡原宗一郎(かがみはら そういちろう)は瞼を閉じた。

 女が丁寧に口紅を直している。

 まだ会って三度目だというのに、彼女はそんな姿を隠そうとはしないらしい。
 小さな筆を持ち、ほんの数0.1ミリのズレも許せないというふうに、唇の際のあたりを何度も繰り返しなでつける。

 そもそもキスもしちゃいない。
 まぁそれでも、そこいらじゅう唾液やらなにやらでぐちゃぐちゃになっただろうし、シャワーを浴びたりしたのだから、化粧を直すくらい当然ないのかもしれないとは思う。

 あとどれくらい待てばいいのか。

 果てしなく長く感じるこの時間も、もしかすると計れば十分か二十分のことかもしれない。でも実際のことなんかはどうでもよくて、いい加減にしろよ、帰って確認したい仕事があるんだよなと、なにもかもにイラついてくる自分は、やっぱり酷い男なのだろうと、彼は思う。

 酷い男でなければ、冷たい男とでもいうのだろうか。

 もしくは嫌な男、クズ男。いずれにしろ恋人とか、ましてや夫というものには程遠い存在には違いないが、そのどれでもいいからとにかくさっさと帰りたかった。

 こんなことなら、ひとりで帰れとタクシー代でも渡せばよかったと、彼は今更ながら後悔した。

『いやよ。ホテルからひとりで帰るなんて、フロントで笑われるわ』

 あんな意味不明の理由に付き合うことなどなかったのだ。

 またひとつ溜息をついた宗一郎は首を回し、気を取り直して瞼を上げた。

 ――考えるだけ無駄だ。この一秒を有効に使えばいい。

 鞄からタブレットPCを取り出した彼は、IT関係の記事を読み始めた。
 スクリーンに指を滑らせるごとに集中力は高まっていく。

 やがて部屋に彼女がいることを忘れた頃、「お待たせ」という声がした。

 ちょうどその先が気になるところだったこともあって、彼はまた少し眉を潜めた。

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