クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 その後は心を無にすることに努め、席を立った。

「じゃ、課長。私は帰りますね」
「そうか。じゃあ明日な」
「はい」

 今日は、とりあえず面接だけで、正式には明日からということになっている。
 副社長のはからいで、既に用意してあるという席に案内してもらっただけだった。


「――はぁ」

 まだ明るい外に出ると、紫織は五階の社長室を見上げてキッと睨む。

 窓にはブラインドが下りている。
 なので彼の姿が見えるわけではないが、それでも腹の虫が収まらず、思い切りアッカンベーと舌をだした。更には花壇をガッと蹴ると、逆にジンジンと足が痛みだした。
「痛っ」

 悔しさのあまり涙が出そうになって、また社長室を見上げたが、その怒りの気持ちさえブラインドに弾かれているような気がして、紫織は唇を噛んだ。

 これでは負け犬の遠吠えではないか……。


 ――どうしてあんなにヒドイことが言えるのだろう?

 あの頃。自分の心にあったものは、宗一郎への愛情だけだった。
 彼が隣にいてくれればそれだけで幸せで、彼との未来しか見えなかったし、他の未来なんて考えたこともなかった。

 世間知らずで、何も知らない紫織にとって、彼は世界そのものだった。
 大学を卒業して小さなIT企業に就職した彼がプロポーズしてくれてうれしくて、両親に報告して。

 ――それで。

『私、お金のない人とは結婚できないの。わかるでしょ? 百年続く呉服屋の一人娘なのよ、私は』

 あんな風に宗一郎を変えてしまったのは……。私なんだ。

私が。

 ――私が悪いんだ。
< 51 / 248 >

この作品をシェア

pagetop