クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 紫織の実家、老舗呉服店『藤乃屋』は、途方もない負債を抱えて窮地に陥っているらしいということだった。

 どれほど辛かっただろう。
 どれだけ泣きたかっただろう。

 でも紫織はただ黙って、その辛さ耐えていた。

 結局、紫織の結婚相手が見つからないまま、『藤乃屋』はあっけなく閉店した。

 倒産まで追い込まれずに済んだのは、どうやら紫織の母方の実家の援助があったかららしい。

 紫織の家は都内の全ての資産を手放した。
 いまは母の実家がある京都の田舎で、小さな土産物屋を営んでいる。

 そして紫織は、生まれて初めて母に反抗し、自由を手に入れて東京に戻ってきた。

 それが五年前だ。

 蝶よ花よと何の苦労も知らずに育った紫織は、バイトを含めて働いたことなど一度もない。
 持っている資格は華道や茶道などの習い事のみ。仕事に有利になるものは何も持っていないし、車も運転できない。
 なので就職活動には苦労した。

 いくら綺麗でも、今どきコンピューターが苦手ですと言う職歴もなにもない女の子に対して、世間は予想以上に厳しかったのである。

 紫織は、何度も何度も採用試験に落ちた。
 それでもアルバイトをしながら職探しを続け、ようやく正社員として働き始めたのが『花マル商事』。そこも廃業してしまったが。

 ――紫織はなんにも悪くないのに。

 いつだって、紫織は笑顔で明るくがんばってきた。
 一生懸命にひたむきに生きている。

 なのに、どうしてこんなにいい子が、苦労ばかり続くのだろう。

「くたばれとか、バカヤローなんて、似合わないよ? 紫織には」
 独り言のようにそうつぶやいて、美由紀は力なくクスッと笑って、込み上げてきた涙をそっと拭った。

 ――がんばれ紫織。
 大丈夫、いつか必ず素敵な王子さまが現れるよ。
 紫織は本当に、素敵だもの。

 いままでだって紫織が交際を申し込まれることは何度もあった。
 それを蹴ってきたのは多分、宗一郎を忘れることができなかったからだろう。

 ――なのに。こんな形で再会するなんて。

『落ちぶれたもんだな』ですって?
 宗一郎のどういうつもりなの?

 記憶の中の彼は、間違ってもそんなことを言う人じゃない。

 滅多に笑わないどちらかといえば怖そうにも見えた彼だけど、紫織にはいつだって優しかった。

 別れるために紫織が酷いことを言ったことは知っている。
 でも、そんなことは本心じゃないって、彼ならば当然わかっていただろう。たとえあの時はわからなくても『藤乃屋』が銀座から消えた時点でわかったはずだ。

 ――あんなに紫織一筋の人だったのに。
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