クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
 酔っ払いの中年男は、「気取ってるんじゃないよ」とかなんとか絡んでくる。

 この男は誰なのか。もし相手が会社にとって大切な客なら、失礼な断り方をしてはいけないだろう。
 とりあえず小さく笑って、「どれをお取りしましょうか?」と声をかけると、
「どれでもいいから、あーん」と口を開ける。

 ――は?

 困り果てて室井を探したが、見つけたもの見えたのは客と話し込んでいる後ろ姿だ。しかもここから遠い。

 他に誰かと、救いを求めて視線を動かしたその時だった。

 宗一郎と目が合った。
 ――宗一郎! 助けて。
 そう心の中で叫んでみたが、彼はフッと目を逸らした。

「え?」
 気づかなかったはずはない。
 なのに、彼は背中を向けて行ってしまった。

 ――うそでしょう?
 愕然とする紫織に、酔った男はますます顔を近づけてくる。
 はじめて人を殴ってやろうかと思った。
 このままこの酔っぱらないのオヤジを平手打ちにしたらどんなに気持ちがいいだろう。
 彼を殴ったあの『しおり』という女の子のように。

 でも、さすがにそれはできない。グッと堪えて紫織は男性に言った。

「失礼ですがお客様、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。私はSSgの社員藤村と申します。お名前を」

「ああ?」
 口を閉じて座った眼をした男に重ねて聞いた。

「お客さま、お名前をよろしいですか?」
「お、俺は――」
 もういいっと捨て台詞を吐いて男は背中を向けた。

 酔ってはいても、自分のしていることをわかっているし、保身の気持ちを無くさないのだろう。気の小さい男だ。

 ――あいつ、絶対に許さない。
 宗一郎への怒りが紫織を強くした。

 小心者の男の背中を睨みながら唇を噛み、紫織は化粧室へと向かったのである。
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