眠れない夜は、きみの声が聴きたくて
早坂を送っていったあと、自宅へと続く畦道を再び自転車で走らせる。
田園風景の中にぽつりぽつりと建っている一軒家。庭には母さんが育てているミニトマトやサヤエンドウが植えれている。自転車を屋根つきの車庫と同じ場所に置いて、俺は玄関の引き戸を静かに開けた。
「ただいま」
鍵をかけなくてもこの町では泥棒なんて入らないので、俺は鍵を持ち歩いたことがない。
いつもみたいに誰もいないだろうとリビングのドアを開けると、珍しく母さんが早く帰ってきていた。
「おかえり」
「あれ、今日パート休みだっけ」
「ううん。暇だから早く終わらせてきちゃった」
「ふーん」
俺は冷やしておいたお茶のペットボトルを冷蔵庫から取り出した。喉を潤すように飲んでいると、「今日は大丈夫だった?」という、確認の言葉が聞こえた。
「大丈夫。いつもどおり、なんともなかったよ」
「そう」
安心したように眉を下げる母さんを横目に、俺は自分の部屋へと向かう。
形だけの勉強机と漫画しか入っていない本棚。家具などはほとんど東京から運んできたものを使っているので、部屋の雰囲気は中学の頃とあんまり変わっていない。
制服のままベッドの上で仰向けになり、スマホを取り出した。
【市川響】
今日は何度もこの発信履歴ばかりを見ていた。
彼女の声を聞いたのは二年四カ月ぶりだった。
俺だけど元気?なんて、平静を装っていたけれど、本当はすげえ緊張してた。スマホを持つ手が震えるくらいに。
響は俺にとって友達というわけではなかった。……いや、そのカテゴリーに入れてなかったという表現のほうが正しいかもしれない。