眠れない夜は、きみの声が聴きたくて
「どう? お姉ちゃんは」
『実感は湧いたけど、思ってた以上にお姉ちゃんって難しい』
「妹、可愛い?」
『……まあ、うん』
彼女のか細い声は田んぼから聞こえてくる野太い牛蛙にかき消されそうだった。
あの頃、響は妹が生まれることに対してあまり嬉しそうではなかった。今思えばもっと話を聞いてあげたりできたらよかったけれど、同時にあまり踏み込むと嫌がられるんじゃないかという不安もあった。
『旭は今もお母さんとふたり?』
「そうだよ」
『どんな家に住んでるの?』
「ヤモリが出る平屋だよ」
『ヤモリ?』
「トカゲみたいにしっぽが長い生き物」
そんな話をしていると、暗闇にぽつりと建っている精米所が目に入った。
遠い昔、俺がまだ未就学児だった頃、長期の休みに入ると、よく母さんの故郷であるこの町を訪れていた。あの時は三人家族で、父さんともよくこの道を歩いた。
知り合いの人にもらった玄米を持ってあの精米所に行っては、精米機のボタンを押せることが楽しみだった。
籾殻の独特の香りが漂う十キロの米を父さんは軽々と担いでいて、その背中が俺には大きく見えていた。
いつか越えたいと思っていた。
それなのに……。
『旭……?』
響の声にハッと我に返った。