ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
一方で、背後では紀香が退屈だと言わんばかりに、美しく手入れされた自分の爪を眺めていた。蓮華がトレンドセッターなのに対し、紀香はクラシカルな美人である。
「透子、そんな安っぽい雑誌は置いておいて。メインのプレゼントはまだこれからなの」
載っている雑誌を「安っぽい」と切り捨てられたことに、蓮華がイラッとした表情を見せる。
紀香はそれが見えてないかのようにおっとりと微笑んだ。いつも通り、バチバチとつばぜり合いを繰り広げる二人。主役級女子が緊張感を漲らせるので、巻き込まれる私までヒヤヒヤしてくる。
紀香は一枚のインヴィテーションカードを手渡して、思わせ振りに微笑んだ。
「仮面舞踏会のナイトイベントなの。出会いに繋がるって有名なんだよ。イベントクリエイターの男友達がプロデュースしてて。」
「仮面舞踏会って…今の時代の話?」
「勿論だよ。顔が隠れてると開放的な気分になるんだって。ほら、透子も外見的なコンプレックスからも解放されるし」
「あぁー…だから私にぴったり。ってコラ!誰が外見的なコンプレックスの塊じゃ」
ノリ突っ込みをするとみんな笑ってくれる。ここでの私はこういう役割で、特に優れたところもなく、ただ気安いという点で飲み会では重宝がられる立場だ。
「透子やめてよー、そんなんじゃなくて。プロデューサーの男友達から来てほしいって誘われてて。
ほら、私って婚約者が海外勤務じゃない?だからなのか、最近その男友達がすっごく口説いてくるの」
紀香はイベントクリエイターの友達からの熱烈なアプローチについて語っている。
「イベントに行かなくて友達関係にヒビが入るのも困るし。こういうのって浮気とは言わないよね。透子はどう思う?」
「どうもこうも。私には縁の無い話過ぎてわからないよ」
「だよね、ごめんごめん。透子は高望みしてないで、ここで身の丈に合った恋人見つけなよ。」
「う、うん…」
豪華なインヴィテーションカードを眺めつつ、心の安寧を求めて空になったビールを手酌した。
「そうだよ、透子。だいたいね、結婚の予定もないのに会社辞めるなんて何考えてるの?」
「透子みたいなじゃじゃ馬を好きになってくれる人なんて、見つけるの大変なのに、この上会社のステイタスまで無くなったらホントにヤバいって」
「そうかなー」
じりじりと迫る恋人の話題。さてどうしよう。女社会ではあからさまな嘘や隠し事が後からバレると大ひんしゅくになる。
「それがね、透子、彼氏できたんだって」
由衣が言った一言で場の空気が一変した。「誰誰!?」「どんな人?」凄いテンションでまくし立てられる。
『黙っててって言ったじゃん』と目配せすると、ぺろっ舌を出すような笑顔を向けられる。全然悪びれない彼女の様子で、きっと由衣は私のためにそう言ってくれたのだと察した。蓮華や紀香へのちょっとした意趣返しなのだ。
けれど、ますます困った。
「会社の人?もしかして鴻上さんとか?」
「違うよ」
「透子に鴻上さんランクの彼氏ができた世の中呪うわ」
「いや、仮にそうだとしたら、そこは祝ってよ」
同期の彼氏という格好のネタにみんなが盛り上がる。私だって、当たり障りのない相手なら面白おかしく話せていたのかもしれないけれど。
「付き合いたてでどうなるかわからないし。相手のこと話すつもりは…」
「えー!?そんな事言わないでよ。彼氏がどんな人でも笑わないって約束するから」
「うん、ちょっとくらいハゲてても、オタクでも、たとえ無職の自称バンドマンだったとしても、私たち別に馬鹿にしたりしないよ?」
爛々と輝く彼女たちの瞳に頭を抱えたその時。
「…なるほど。それは良い機会ですね。ご友人に私を紹介してくれますか?透子」
ん?幻聴かな?
今、聞こえるはずのない声がしたような。