ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
「はー…」
「息切れしていますね。疲れましたか?」
「ツッコミが追い付かなくてね!ああいうお店は、ただでさえ緊張するのに」
「では、少し休みましょう」と、夏雪が連れてきてくれたのは、建物の屋上だった。
エレベーターを降りると、都心のビルの屋上とは思えないくらい深い緑に覆われている。木々の谷に日本庭園がライトアップされ、所々に小さな和風の建物が見えた。
夏の終わりを告げるひんやりとした夜風が、さっと頬を撫でる。
「ひとまず、こちらも日本の伝統文化を感じられる場所です。限られた会員にしか公開されていませんから、人目を気にする必要もありません」
「ここってこんなふうになってたんだ…。夏雪はよく来るの?」
「親族の恒例行事などで、たまに。
茶会だったり、能舞台を利用した薪能だったりですね。
本当は今のように人が少ない時の方が居心地が良いんですが」
「お茶会に能…」
自分とはおよそ縁のない単語だ。彼と話していてつくづく感じるのは、夏雪と私は住む世界が違うということ。
「もちろん、今日は堅苦しいのは無しにしましょう」
庭園の渓流が見渡せるテーブルに座ると、青磁の茶器が運ばれてくる。夏雪に合わせて何も言わずともサーブされたようだった。
「これは?」
「大紅袍と言って、青茶、烏龍茶の一種ですね」
小さな急須とお猪口のような湯飲みを使って、夏雪が器用にお茶を淹れる。急須からお湯が溢れるまでお湯を注ぐのはこのお茶特有の淹れ方らしい。お盆がお湯を受けられるように、すのこの形になっている。
流れるような所作。こういうお茶まで淹れられるなんて、本当に何でも器用にこなせるんだな、と感慨に耽った。
ちょっと浮き世離れしてるけれど、会社経営から潜入捜査までこなす手腕があって、財閥の御曹司としての立ち振舞いも様になってる。彼にできないことを探す方が難しい。
でも…例えば、ドリンクバーとかはどうだろう。多分触ったことないだろうな。夏雪がベンダーマシンを前に混乱して立ち竦んでいる様子を想像すると妙に可愛らしい。使い方を教えてあげたら、きっと楽しいと思う。
「何を笑っているんです?」