ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?

図星だったのか夏雪が視線を上げる。そのすぐ後には申し訳なさそうに眉を寄せた。


「あーー良いから良いから!全然大丈夫。

この後ジム行こうと思っててさ、もともと早く帰るつもりだったから丁度良かったよ」


夏雪から「ごめん」の言葉を聞きたくなくて、彼が何か言う前に早口で捲し立てる。今の私にできるのはせいぜい負担にならないことくらいだ。『重い女』にはなりたくない。


英会話のテキストを鞄にしまって、いそいそと帰り仕度をする。「またね」と立ち上がると、体がかくんと後ろに傾いた。


「まだ帰らないで下さい」


フワッと夏雪の香りが立ち上る。後ろから抱きすくめられて、胸の前に白いシャツを着た夏雪の腕が見えた。背中越しに感じる体温。ぎゅっと締め付ける腕。ドキドキして途端に動けなくなる。



ヤバイ、嬉し過ぎて溶けそう。


胸の奥が甘く疼いてきゅうっとなる。どうしてこんなに苦しいのか分からないくらい、逃げ場のなくなった気持ちがぐるぐると渦まいて変な感じがする。



「……っ。気を使わなくていいよ。
仕事の、邪魔に…なりたくないし」


やっとの思いで口にすると、不意に首筋が熱くなった。


「ふゃっ」


間抜けな声が出たのがおかしかったのか、笑い声が混ざった吐息にくすぐられる。首筋に触れる熱は彼の唇だった。意識してしまうと否応なしに感覚が集中する。


「気を使わなくて良いのでしょう?
言われなくても、これまであなたに気を使ったことなどありませんが」


「そ、れも、どうなのよ…」


思わせ振りに熱を散らす唇に足元がふらついて、すっかり体を支えられているのが恥ずかしい。


「…んっ、早く、仕事に、」


「相変わらず、透子は厳しいですね」



夏雪がまた微かに笑ったのは、真っ赤になった顔を見られたせいだろう。睨むと余計にクスクスと笑われる。


「帰りは運転手が送ります。ここで少し待っていて下さい。」


「いいって、すぐ電車で帰るから」


「その顔のまま部屋の外に出るのは、許しませんよ」


私を押し留め、夏雪は仕事に向かった。パタンと静かにドアの閉まる音を聞くと、糸が切れた人形のようにソファに倒れ込む。彼のいなくなった部屋で一人、はぁーっと深く息をはいた。



恋愛ってこんな感じだったっけ。『好き』が溢れておかしくなりそう。


忙しい夏雪に「今度いつ会える?」なんて聞くつもりはないけれど、会えない日々を思うと胸が悲鳴を上げたようにツンと痛んだ。
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